アイスダンスへの挑戦を発表した髙橋大輔

「フィギュアスケートを競技として長くやっていきたい」

 日本の男子シングルスケーターとして数々の金字塔を打ち立ててきた髙橋大輔は、そう言って、今年9月末にアイスダンス転向を決めた。

 昨季、4年のブランクを経て現役復帰を果たし、全日本選手権では5年ぶりの表彰台となる2位。再び世界選手権に立てるチャンスもあったが、「世界で戦える準備ができていない」と自ら辞退した。だから、復帰2シーズン目の今季は、準備万端整えて世界の舞台に出陣することを期待していた。

 だが、髙橋本人は違う考えだった。

「(シングルで世界の舞台で戦う気持ちは?)なかったですね。もともと現役復帰した時に、世界に行けるかどうかというのはわかっていなかったし、行けないだろうなというところでのスタートだったので。前回はうまくいき過ぎたという部分があって、演技としてはすごくよくなかったです、結果として2位というだけで。

 実力からいうと、シングルでは世界で勝てないと今でも思っています。だから、現役復帰も世界に向かうためというよりも、スケーターとしての自分をまた一からスタートさせたいという気持ちがあった。そこで一番落ち着くのは全日本選手権だったし、それはぶれなかったですね」

 シングルの選手として12月の全日本選手権を最後の試合にするという決断を聞いた時は、髙橋大輔というスケーターを長年応援してきた一ファンとして、驚きと落胆が相まった複雑な心境だった。来季はシングルの競技者としての演技は見られないからだ。だが、シングルスケーターとしての雄姿を見る機会は今後もあるというので、ひとまず髙橋大輔を変わらず応援していける喜びが続くことに感謝した。

「シングルをやり切ったというのはない。新しいものに興味が湧いたのが大きい。アイスダンスをメインにやるが、アイスショーとかでひとりで滑ることもする。シングルを一切やらない、ということではありません」

 来年1月からは、アメリカ・フロリダで著名な振付師兼アイスダンスコーチでもあるマリナ・ズエワ氏に師事して、2022年北京冬季五輪を最大の目標に掲げて、アイスダンスを基礎から学ぶ予定だ。

 髙橋はアイスダンスをひとりのファンとして好きだったと言う。男子の試合の合間に、アイスダンスの試合を観戦する姿も見かけた。また、現役時代の2011年オフには、フランスのアイスダンスコーチのもとでスケーティング技術の習得に励み、バレエの柔軟性を学ぶために武者修行に出かけたこともある。2014年のソチ五輪後にいったん引退すると、ニューヨークにダンス留学したり、ダンスの舞台に出たりした。踊ることは、小さな頃から好きだった。

「ダンスはもともと好きで、よく見ていたし、引退してから趣味でやりたいと思っていたほどです」

 シングルの選手として世界で戦うことには限界を感じていた髙橋にとって、今年1月、パートナーとなる村元哉中からのオファーがあったことは、新たな道が目の前に現れる絶好のタイミングだった。『氷艶』のアイスショーを控えた7月、新潟でトライアウトを行ない、初心者ながらも「『面白い、楽しい』と思う自分がいた」と、気持ちが大きく傾くほど興味をそそられた。

「(アイスダンスの練習は)ほとんどしていない。まだ(転向発表の時点で)3、4回くらい。シングルとアイスダンスはすべてが違いすぎるし、スケート靴も(エッジや形が)違う。20何年間、人の近くで滑っていないから、距離感の怖さはすごくあった。ステップとか互いが近くで力が合わさった時のスピード感や、ひとりでは感じられないくらいの体の傾きなどは、2人だからできるというのはあります」 

 全日本選手権まではシングル選手として全力投球するため、まだ本格的なアイスダンスの練習はしていない。だが、これから降りかかるであろう、試練、苦労は計り知れないもいのがあるはずだ。

「難しいところは、たぶん全部。(165cmの髙橋と161cmの村元の)身長差がなく、僕が小さいのは不利。そこを何とか生かせるようにしたい。リフトとスピンが大きな課題になる。

(「リフトはやった?」という質問に)まだやっていないです、怖いので。まずは肉体改造から始めて、陸の上からのスタートになります。1年でバキバキになっているかも(笑)。ひとりで滑ってきた時間が長いので、クセが強いと思うし、フリーレッグの位置や体のラインを合わせなくてはいけない」

 これからアイスダンス選手としてやるべきことが山のようにあると言わんばかりに、課題を次々と挙げた髙橋。裏を返せば、未知の世界に本格的に足を踏み入れ、一からスタートを切るワクワク感の源泉でもあるだろう。

「アイスダンスを理解すれば、スケートがもっと広がる。最終的にはそこが一番だけど、現役の競技者として2022年を大きな目標に掲げるのはすごく大事なこと。簡単なことではないというのは、お互いに承知のうえ。そこを大きなひとつの目標として目指すのは、やるとなった時に一緒に決めました」

 キレのある、清々しささえ感じるジャンプをもう見られないのは残念だが、プログラムをひとつの作品に作りあげ、音を体で表現できる髙橋の真骨頂は、アイスダンスでさらに発揮できるかもしれない。髙橋が憧れたアイスダンサーたちのような個性が立ったプログラムをぜひとも演じてもらいたいものだ。

 最後に、どんなアイスダンサーになりたいかと聞いた。

「パッション系じゃないですか。顔もラテンじゃないけど、ちょっと濃い目なので(笑)。いろいろな世界観を出せるカップルになりたいなと思います」

 変幻自在の”踊れるスケーター”髙橋なら、シングルとアイスダンスの垣根も軽々と飛び越えて、ファンをあっと驚かせてくれるに違いない。