「負けたけど、僕にとっては人生最高の瞬間だった」 現地時間10月23日、敵地で行なわれたダラス・マーベリックスとの今季開幕戦を終え、ワシントン・ウィザーズの八村塁は米メディアからの質問に英語でそう答えた。NBAデビュー戦で活躍した八村 日本…

「負けたけど、僕にとっては人生最高の瞬間だった」

 現地時間10月23日、敵地で行なわれたダラス・マーベリックスとの今季開幕戦を終え、ワシントン・ウィザーズの八村塁は米メディアからの質問に英語でそう答えた。




NBAデビュー戦で活躍した八村

 日本で生まれ育ったバスケットボール選手が、世界最高のリーグであるNBAの開幕戦にスタメン出場。しかも、ただプレーするだけではなく、14得点、10リバウンドの”ダブルダブル”を達成した。

「The Best Moment of My Life」という八村の言葉は、八村だけでなく日本バスケットボール界全体に当てはまるものかもしれない。わずか数年前、こんな日が来ると誰が想像できただろうか。

 10月23日の午前中、「シュートアラウンド」と呼ばれる試合当日のチーム練習で、大量のメディアが八村の一挙一動を追いかけた。その約9割は、全15媒体、30人が集まったという日本メディア。注目度が高いことはプロアスリート冥利に尽きるだろうが、その一方で、夢舞台での  デビュー戦を前に大きなプレッシャーも感じただろう。
 
 しかし、マーベリックスの本拠地、アメリカン・エアラインズ・センターのコートに立った八村は、周囲が驚くほどに落ち着いていて、自信に満ちたプレーを見せてくれた。

 第1クォーターの開始2分過ぎ、ブラッドリー・ビールから好パスを受けてのレイアップで初得点を挙げる。それでリズムをつかんだのだろう。その後、得意とするミドルレンジから2本のプルアップジャンパー(ドリブルで切れ込み、ストップしてからのジャンプシュート)を決め、NBAプレーヤーとしての最初のクォーターで6得点を挙げた。ディフェンスでも、身長221cmの相手エース、クリスタプス・ポルジンギスを相手に一歩も引かず、チームを活気づけた。

「僕もそこそこの仕事ができたんじゃないかなと思っている」

 試合後、本人も控えめな形で自画自賛したが、実際に派手さはなくとも確実にチームに貢献し続けた。前半だけで8得点、4リバウンドを稼ぐと、第3クォーター以降は、プレシーズン戦でも効果的だったゴール周辺でのリバウンド力を発揮。後半だけで4オフェンシブリバウンドを含む6リバウンドを挙げ、チームの追い上げに一役買ってみせた。

 八村は好スタートを切ったが、ウィザーズは100-108でマーベリックスに敗れた。控えメンバーの頑張りで終盤に点差を詰めたものの、ルカ・ドンチッチ、ポルジンギスという2人のスーパースター候補を擁する相手に、内容的には完敗だった。

「試合に勝てなかったので、僕にも足りないところがいっぱいあったと思う。ビデオなどを見て反省して、次の試合に生かしたいと思います」

 八村はそう振り返っていたが、ウィザーズのチームとしての成熟度の低さは歴然だった。トロイ・ブラウン・ジュニア、CJ・マイルズ、アイザイア・トーマスといった主力が離脱したことで、コマ不足は明白。とくに控えメンバーの層の薄さはいかんともし難く、しばらく厳しい戦いが続きそうな予感が色濃く漂っている。

 ただ、これは入団当初から言われていることだが、こういった環境は八村にとって悪いものではない。10月25日にオクラホマシティ・サンダー戦、10月27日にはサンアントニオ・スパーズ戦と、今週末は敵地でのゲームが続くが、そこでも八村が主力扱いを受けることは確実だ。そして何より心強いのは、いきなり重要な立場で起用されても、21歳の日本人ルーキーがナーバスになっているようには見えないことだ。

「あまり緊張はしなかったです。プレシーズンも経験したし、練習でやっていたとおりに試合に入れたと思うので、そういう部分で緊張しなかったんじゃないかなと思います」

 これほどのビッグステージでまったく緊張がないとは信じ難いが、実際にこの日の八村はミッドレンジのプルアップ、オフェンシブリバウンドといった自らの武器を生かせていた。ドライブでゴールに持ち込んだ際、3本のブロックを浴びたのは反省点ではあるが、それも流れのなかで積極的に攻めた結果だ。そうした普段どおりに思えるプレーができたことは、残した数字と同様に、いや、数字以上に評価されていいのではないか。

「塁は私が考えていたとおりのプレーをしてくれた」

 試合後のスコット・ブルックスHCはそう述べていたが、同じようにプレーできない夜はこれからたくさんあるだろう。生き馬の目を抜くようなNBAで、ルーキーにアップダウンがあるのは当然だ。

 今週末のサンダー戦ではダニーロ・ガリナーリ、スパーズ戦ではラマーカス・オルドリッジといった実績ある選手とのマッチアップが予想され、そこでプロの壁を思い知らされるかもしれない。ただ……それでも自分を見失うことがなければ、苦しい展開でも腕を磨き、経験を糧にすることができるはずだ。

 開幕戦での八村にとっての最大の収穫は、”人生最高の夜”を過ごしながらも必要以上に高揚せず、冷静に、それでいて積極的にプレーできたこと。NBAでも自分らしくいられるのであれば、先行きも明るい。日本バスケットボール史に残る挑戦は始まったばかり。今後、リーグを代表する強豪と対戦するなかで、八村がどんな姿を見せてくれるのか、ますます楽しみになってきた。