フィールドプレーヤーはそれぞれのポジションに散っているのに、マウンドには誰もいない。大詰めを迎えた試合の最終盤に、奇妙な沈黙が訪れていた。

 来春の選抜高校野球(センバツ)出場校選考の大事な材料となる秋季関東大会1回戦。常総学院(茨城1位)と健大高崎(群馬3位)の一戦は、4対2で常総学院がリードして9回表を迎えていた。

 だが、8回まで2失点と好投していた常総学院のエース右腕・一條力真(いちじょう・りきま)がベンチから出てこない。ライトで出場していたもう一人の速球派右腕・菊地竜雅(りゅうが)が一塁側ベンチからの声に反応して、準備を始めようとしたところで、ようやくベンチから一條が出てきた。



関東大会の初戦で敗れたが、素材のよさを見せつけた常総学院のエース・一條力真

 この時、一條は「右ふくらはぎがつりそうになって」、治療中だったという。それでも軽症だったため、一條本人の希望で最終回のマウンドに立ったのだった。

 だが、結果は無情だった。先頭打者を抑えたものの、健大高崎の2番・戸澤昂平に二塁内野安打を許し、3番の1年生強打者・小澤周平には内角のストレートをとらえられ、右中間に同点2ラン本塁打を浴びた。さらに決勝のスクイズを決められて3失点。その裏を無得点で終え、常総学院のセンバツ切符は泡と消えた。

 常総学院にとっては、4季連続となる最終回での逆転負けになる。試合後、佐々木力監督の言葉には、やはり力がなかった。

「継投を考える場面もありましたが、(2番手の)菊地の調子があまり上がっていませんでした。ブルペンでのピッチングを見たのですが、ちょっと厳しいなと」

 一條と菊地の二枚看板が新チームの目玉だった。菊地は182センチ、89キロの厚みのある体から最速150キロを計測する剛腕。勢いのある投球スタイルで、1年夏から公式戦マウンドを経験していた。

 一方、一條は188センチ、75キロの長身痩躯の右腕。最高球速は143キロと菊地に及ばず、まだ体に力がないことは明らか。だが、この投手のしなやかな投球を見れば、ひと目で逸材ということは伝わるだろう。佐々木監督も「まだ線は細いですが、冬の間に成長できれば」と期待を込める。

 一條は試合後、涙を見せることなく取材に応じた。

「自分で『いける』と判断してマウンドに行きましたが、無意識のうちに右足をかばっていたのかもしれません。ボールが走っていない感じがありました。(ホームランを打たれた球は)外角低めに狙った直球が浮いて、逆球になったところを持っていかれました」

 立ち上がりは健大高崎の強打線につかまった。2回には連続長打を浴びて先取点を奪われるなど、2回までに5安打を打たれた。それでも佐々木監督が「よく粘ってくれた」と評したように最小失点でしのぎ、味方の反撃につなげた。

 一條は「直球はよくなかったんですが、落ちる系の球種(ツーシーム)を使って打たせて取れました」と振り返る。ただストレートで押すだけではなく、変化球を使って打ち取るうまさもある。

 中学では石岡中の軟式野球部に所属。地域の選抜チーム・オール県南に選ばれるだけの実力があったが、常総学院入学後は「軟球と硬球の違いを感じました」と戸惑った。名門硬式クラブ・取手リトルシニア出身の菊地が先に台頭し、「悔しさはありました」。応援スタンドから同期のまぶしい活躍を見つめていた。

 2年春に公式戦マウンドを経験し、新チームになるとエース番号をつけるようになった。今後も背番号1を菊地に譲るつもりはない。その一方で、佐々木監督は「菊地も最上級生になって仕上げていけば、一條とのダブルエースになる」と両者のさらなるレベルアップを期待する。

 これからチームは長い冬に突入する。エースとして大事な試合で敗れた責任を背負いながら、一條は自らの課題を口にした。

「もっと体を大きくして、ストレートでも押して三振を取れるピッチャーになりたいです。まだ指にかかるボールを最後まで続けられないので」

 10月17日のドラフト会議では、1学年先輩の強打者・菊田拡和が巨人から3位指名を受けた。身近な人物がプロに進むことで、自分もその世界をリアルに思い描くようになった。一條は「球速が150キロまでいけたら、プロに行きたいと思っています」と決意を込める。

「力真」という名前の由来を聞くと、一條は「たぶん、『力強く、真っすぐ生きる』という意味だと思います」と答えた。長い冬を越えて春を迎えた頃、たくましく「力」をつけ、爽快な「真」っすぐを投げる一條の姿が見られるはずだ。そしてその頃には、「茨城に鈴木寛人(霞ケ浦→広島3位)に続く逸材右腕が現れた」と大きな話題になっているに違いない。