「2003年の秋、星野(仙一)さんのあとを受けてタイガースの監督に就任した直後のドラフトで鳥谷を自由枠で獲得できた時、『これでショートは10年大丈夫』と思ったよ」 そう話すのは、2004年から2008年にかけて阪神タイガースの監督を務め…

「2003年の秋、星野(仙一)さんのあとを受けてタイガースの監督に就任した直後のドラフトで鳥谷を自由枠で獲得できた時、『これでショートは10年大丈夫』と思ったよ」

 そう話すのは、2004年から2008年にかけて阪神タイガースの監督を務めた岡田彰布氏だ。

「でも実際は10年どころじゃなかった。しかも、ショートというポジションで2000本安打まで達成して……自分が思っていた以上にやってくれた。入団時の期待ははるかに超えたよ」

 今シーズンをもって、阪神を退団することが決まった鳥谷敬。早稲田大の後輩でもある教え子への思いを、虎のレジェンドが語った。



現役続行を希望し、今シーズン限りで阪神を退団する鳥谷敬

 (NPBで)歴代2位の1939試合連続出場というすばらしい記録を打ち立てた鳥谷やけど、体が強いという評判は大学の頃から耳に入っていた。大学でも1年春からフル出場。体が強いことの最大のアドバンテージは、ケガをしにくく、たくさん練習できるということ。だから成長できる。プロとして生きていくうえで、これが一番大事。財産よ。

 鳥谷に関しては、入団時から守備はまったく心配していなかった。肩はそれほど強い方じゃないけど、とにかくスローイングが正確。聞くところによると、大学の時も一度も送球ミスがなかったらしい。「捕球したらもう大丈夫」という内野手は、ベンチからしたら本当に心強い。だから、1年目からショートで使うことに関して、なんのためらいもなかった。

 その一方で、苦しむと思ったのがバッティング。一軍の投手との対戦を重ねることで徐々に成績は上がってくると思ったけど、ショートなら2割5分で十分やと思ってたよ。だから「3割を狙え」とか一度も言ったことないし、打つ方に関してはそんなに多くを求めなかった。ホームランもそんなに打つイメージはなく、多いシーズンでもせいぜい15本ぐらいかなと……。左バッターには不利な甲子園が本拠地やしね。

 ショートというポジションで打率3割以上を3回もマークし、20本塁打打った年もあるわけやから。そら、もう期待以上よ。

 バッティングのアドバイスをすることもあったけど、グラウンドでは極力やらないようにしていた。グラウンドで指導すると、すぐマスコミにバレてしまうし、周囲に「調子悪いんか?」って思われてしまうし。だから、アドバイスする時は絶対に室内練習場でやっていた。中からカギをかけて、誰も入れないようにしてな。

 右投げ左打ちの選手は、もともと右利きのケースが圧倒的に多いんやけど、鳥谷は(もともとは)左利き。だから、普通の右投げ左打ちの選手とはちょっと違うんよ。左手の方が強いから、引っ張りにいくと左手が被ってしまい、いい打球でもファウルになったり、ファーストゴロやセカンドゴロが多くなってしまう。

 でも、それは鳥谷の特性で、左中間方向にもいい打球がいくし、距離もしっかり出る。だから、引っ張るような打撃をする必要はないと言ってきた。ホームランを求めたらバッティングがおかしくなるタイプやと思ってたから、ホームランを打てとは言ったことはなかった。

 打撃面での鳥谷の大きな武器は、選球眼のよさ。現在までの通算四球数は、チーム歴代1位。四球はヒットと一緒やねんから、チームにとってはものすごくありがたい。出塁率が高いから、長打力のある4、5番の前に置きたくなる選手。2014年にマウロ・ゴメスが打点王を獲った時は、鳥谷が3番にいたから獲れたんよ。

 追い込まれるのが怖くないから、初球からポンポン打つこともしないし、じっくり球を見極めながら勝負できる。調子がいいと、つい積極的に打ちにいきたくなるんやけど、鳥谷はそれをしない。相手投手にしてみれば、じっくり見られるのは嫌だと思うよ。配球にも気をつかうし、リズムも生まれにくいから。スラッガーとは違った迫力があったと思うよ。

 ショートの守備は入団当初からプロの水準に達していたものの、入団2年目から5年目までの失策数は2ケタ。多い年は21個の失策を記録していた。でも、2009年に20本塁打を放ち、2010年に初めて3割をマークしたあたりから失策数がグッと減って、1ケタ台が当たり前になった。これは打撃で結果を残せるようになり、試合での心配事がなくなった。その好影響が守備の向上につながったと思う。やっぱり人間は、なにかしら不安があると得意なことにも影響が出てしまうものやからね。

 もしオレが監督だったら、今年、鳥谷をスタメンで使っていたと思う。もちろん、ショートで。単純に力があるヤツを使うという観点でいっても、鳥谷より総合力の高いショートって誰がおるの? この2、3年、鳥谷を押しのけるだけの力を持った選手は出てきてないでしょ? 若手も「鳥谷を越えていない」と感じているはずよ。

 開幕からスタメンで使っていたら、2割8分ぐらいは打ったと思うよ。さっきも言ったけど、鳥谷はじっくり見ながら勝負するタイプだし、代打には向いてない。4打席のなかで勝負するタイプで、四球を選べるから打数も少なくなる。トータル的に判断しても、ベンチに置いておく理由がない。

 世代交代は、追われる側のベテランがはっきり負けたと思えたらスムーズにいくんよ。鳥谷に代わってショートを守った選手が、不動のレギュラーになったのなら、納得できた部分はあったと思う。でも、選手というのは毎日一緒に練習しているから、「まだあいつには負けていない」とか、そういうのはわかるもんなんよ。だから、現役を続けたくなる気持ちは理解できる。

 ただ、引退勧告からの退団という流れになってしまったのは残念。いまさらどうしようもないけど、もっと違うやり方があったんちゃうかと思ってしまうよね。昔から阪神の歴史を知っている人は、「またか」と思っているかもしれんけど……(笑)。

 いずれにしても、鳥谷を欲しいという球団はあると思うよ。野球と向き合う姿勢がすばらしいし、ゲーム以外の影響力も大きい。今でも、誰よりも早くグラウンドに来るし、とにかくストイック。チームにとって絶対プラスになる無形の財産を持ってる。

 どこに行こうが、自分が納得するまでやり続けてほしい。そして、まだまだできるというところをファンに見せてほしい。オレはまだやれると思ってる。絶対やれるよ。