お目当ての選手のキャッチボールを見るために一塁側スタンドに移動すると、そこに顔なじみのNPB球団のスカウトがいた。「まだ来年の選手ですけどね。でも、次世代のU-18代表の左投手候補になるんじゃないですか」 スカウトはそう言うと、目線を…

 お目当ての選手のキャッチボールを見るために一塁側スタンドに移動すると、そこに顔なじみのNPB球団のスカウトがいた。

「まだ来年の選手ですけどね。でも、次世代のU-18代表の左投手候補になるんじゃないですか」

 スカウトはそう言うと、目線を右中間付近の芝生でキャッチボールをするサウスポーに送った。投手の名前は、高田琢登(たくと/静岡商)。甲子園未出場ながら、その評判は早くもじわじわと広まりつつある。

 身長177センチ、体重72キロ。軽いキャッチボールでも、リリースの瞬間にパチンとボールを弾く音が聞こえてきそうだ。



今年夏、静岡大会2回戦の御殿場西戦で16奪三振を記録した静岡商・高田琢登

 この日は秋季静岡県大会の準決勝。前日の準々決勝・浜松西戦に先発し、7回を投げた高田は準決勝の先発マウンドにも立った。勝てば東海大会出場が決まる大一番、相手は優勝候補の静岡を破って勝ち上がってきた加藤学園である。高田は連投の疲れを感じさせない投球を披露した。

 バランスのいいフォームから回転のいいストレートを投げ込み、次々と空振りを奪う。捕手の對馬勇斗(つしま・ゆうと)によると、高田のストレートは「低めが垂れずに伸びてくるので、球審にストライクを取ってもらいやすい」と言う。

 2回には先頭打者にフェンス直撃の三塁打を許したが、そこからエンジン全開。詰まったセカンドフライと2者連続空振り三振でピンチを切り抜けた。三振はいずれも142キロを計測。自己最速は146キロとのことだが、球速表示以上に威力を感じるストレートだった。

 1回と7回には自らのバットで得点を叩き出し、2対0。このまま東海大会進出を決めると思われた8回裏、落とし穴が待っていた。二死一、二塁のピンチで加藤学園の3番・大村善将に甘いストレートをとらえられ、レフトスタンドに飛び込む逆転3ランホームランを浴びたのだ。この一打で試合をひっくり返された静岡商は試合に敗れ、28日の3位決定戦(聖隷クリストファー戦)に回ることになった。

 大村に浴びた本塁打以外にも、外野フェンスまで飛ばされる打球は多かった。高田のボールには強烈なスピンが効いているためか、芯でとらえられると打球がよく飛ぶのかもしれない。試合後、そんな仮説を静岡商の高田晋松(しんまつ)監督にぶつけると、高田監督は「それはたしかにあるかもしれません」と答えた。この試合以外でも長打を浴びるケースがあったという。これは回転のいい投手がぶつかる宿命と言えるかもしれない。

 なお、高田監督と高田投手の姓が同じなのは偶然ではない。ふたりは実の親子なのだ。普段は父が「タカダ」または「タクト」と呼び、子は「カントク」と呼ぶ。親子鷹ともなると何かと注目を浴び、チーム内でバランスを取るなど気苦労も絶えない。高田監督は「苦労の連続ですが」と苦笑しながら、こう続けた。

「彼が僕と一緒にやってくれると静商に来てくれて、こういう機会は一生に一度のことなので。『楽しもう』とまでは言えませんが、なかなかできない体験をさせてもらっていると思います」

 高田監督の現役時代のポジションは捕手で、高田監督の父も捕手。もともと高田家は捕手家系だった。だが、息子・琢登は初めてオモチャを握ったときから左手を使っていた。高田監督はその姿を見た瞬間、「これは左ピッチャーになるな」と感じたという。

 それ以来、息子とキャッチボールをする際には右打者のインコースを想定して「ここに強く投げてごらん」と指示した。琢登本人は知らず知らずのうちに、「クロスファイアー」が磨かれていった。今も高田監督は、琢登が投げるクロスファイアーのコントロールに太鼓判を押す。

 悔しい敗戦後、入念なマッサージを終えた琢登は、涙を浮かべることもなく淡々と試合を振り返った。

「いま振り返ると、ホームランを打たれる前にフォアボールを出したことが逆転につながったので、もったいなかったと思います」

 客観的な言葉からも、すでに敗戦を受け入れ、3位決定戦に向けて気持ちを切り替えていることが伝わってきた。この左腕はただ投げるだけでなく、感情をコントロールする冷静さも持ち合わせているようだ。

 自慢のストレートを投げるために大切にしていることは、腕の振りでもリリースでもない。「立つこと」だという。

「右足を上げたときに、きれいに立つことを意識しています。その後のことはとくに考えていません」

 得意なボールは「右打者のインコース」。つまり、父とのキャッチボールで磨いてきたクロスファイアーである。思えば、琢登が人生で初めてバッテリーを組んだ捕手は父なのだ。

 琢登に父から学んだことを聞くと、照れたような表情でこんな答えを返してきた。

「ずっとピッチャーを見てきたキャッチャーなので、キャッチャー目線からフォームのこととか教えてくれました。小さい頃に『グラブでキャッチャーミットを指せ』と言われて、投げたい方向にクラブを向けることは今もやっています」

 3位決定戦に勝利すれば、東海大会に進出できる。琢登は「1週間で疲れを取って、しっかり東海大会を決められるように勝ちたい」と語った。東海大会で好結果を収めれば、来春の選抜高校野球(センバツ)出場が見えてくる。

 センバツ、そしてさらに上の世界へ。渾身のクロスファイアーを投げ込む高田琢登の名前は、2020年に大きくクローズアップされるはずだ。