9月中旬から下旬にかけて、カザフスタンのヌルスルタンにて東京オリンピック予選を兼ねたレスリング世界選手権が行なわれた。今大会では、5位以上の国にオリンピック出場枠が与えられる。 日本男子はグレコローマンスタイルが1階級、フリースタイル…

 9月中旬から下旬にかけて、カザフスタンのヌルスルタンにて東京オリンピック予選を兼ねたレスリング世界選手権が行なわれた。今大会では、5位以上の国にオリンピック出場枠が与えられる。

 日本男子はグレコローマンスタイルが1階級、フリースタイルが2階級で出場枠を獲得。リオデジャネイロオリンピック前年の世界選手権ではグレコ、フリーともに出場枠獲得がゼロだった成績と比べると、今回は”微増”と言ったところか。目標と大きくかけ離れてしまったが、最大の収穫はグレコローマンスタイル60キロ級で文田健一郎(ミキハウス)が優勝したことだろう。



日本が苦戦を強いられるなか、文田健一郎が金メダルを獲得

 文田の世界選手権優勝は、2017年(59キロ級)に続いて2度目。世界選手権を2度制した日本人のグレコローマンスタイル選手はこれまでおらず、日本人男子選手がオリンピック前年の世界選手権を制覇したのは、モスクワオリンピック前年の1979年以来の快挙だ。

 手足の長さと身体の柔らかさを生かした豪快な反り投げを武器に、文田は2017年の世界選手権を制した。だが、この2年間はグラウンドでの攻守に磨きをかけ、パーテールポジション(※)ルールでも強さを発揮。常に前へと積極的に出て相手からパッシブ(消極的プレーに対するペナルティ)を奪い、ここぞという時に得意の反り投げで勝負するなど、考え抜いた戦術も光った。

※パーテールポジション=消極的なプレーと審判に判断された選手は、罰則としてマットの中央で両手・両ひざをついて四つん這いとなり、もう一方の選手にその背後から攻められる。

「本当にすごい内容で勝ち上がり、決勝もいい形で東京オリンピックにつなげることができた。東京でも必ず金メダルを獲れる」

 松本慎吾・男子グレコローマンスタイル強化委員長も、文田の戦いを絶賛。日本レスリング協会は、今大会でメダルを獲得した選手を東京五輪代表に内定すると決めていたため、文田はレスリング内定第1号となった。金メダル最有力候補をこのタイミングで生み出せたことは、日本レスリング界にとって計り知れない好影響だ。

 一方、出場枠を獲得しながらも内定持ち越しとなったのは、5位に終わったフリースタイル65キロ級の乙黒拓斗(山梨学院大)と、同5位だったフリースタイル74キロ級の奥井眞生(自衛隊体育学校)だ。12月の全日本選手権で優勝すれば内定となり、同大会で敗れた場合は優勝者とプレーオフを行なう。

 出場枠を獲得できなかった階級は、来年3月以降のアジア予選と2度の世界予選でオリンピックを目指すことになる。グレコで最も予選突破の可能性が高いのは、リオ五輪のグレコローマンスタイル59キロ級で銀メダルを獲得した太田忍(ALSOK)だろう。

 太田はリオ五輪後、文田と壮絶なライバル争いを繰り広げてきた。国内予選で文田に敗れたため、今大会は63キロ級にまわって出場したが、世界の強豪を相手に圧倒的な強さで優勝した。

 東京オリンピックに出場するためには、オリンピック階級である67キロ級へのさらなるアップを余儀なくされる。6月の全日本選抜選手権まで戦っていた60キロ級から7キロもの増量となるが、それでも太田ならやってくれるだろう。所属するALSOKの大橋正教監督も、「追い詰められた時の太田の爆発力にかける」と力強く語っていた。

 一方、男子フリースタイルは厳しい結果となった。

 井上健二・男子フリースタイル強化委員長は、「2017年から2年連続でメダルを獲ってきましたが、今大会はひとつも獲れずに残念。大敗です」と総括した。65キロ級の乙黒はリオ五輪57キロ級銀メダリストの樋口黎(日体大助手)と、74キロ級の奥井は藤波勇飛(ジャパンビバレッジ)と、それぞれ世界選手権代表決定プレーオフを戦ったライバルと全日本選手権で再戦することになるだろう。

 出場枠を逃したフリースタイルの階級では、57キロ級の高橋侑希(ALSOK)と86キロ級の高谷惣亮(ALSOK)に期待したい。高橋は2017年の世界選手権を制し、2018年も銅メダルを獲得した日本男子フリースタイルのエースだ。高谷は86キロ級にアップして1年足らずだが、国内で抜きん出た強さを見せている。アジア予選で過去2回、オリンピック出場権を獲得しているベテランが、「4年に一度」の泥臭い強さを発揮するに違いない。

 リオ五輪の前年は、当時大学生だった太田や樋口が世界選手権後の全日本選手権で初優勝を飾り、その勢いのままアジア予選を突破した。怖いもの知らずの若さと、他国から研究されていないアドバンテージを最大限に駆使して五輪本番でも輝いたように、新戦力の台頭が望まれる。

 そして、問題は女子スタイルだ。

 オリンピック4連覇の伊調馨(ALSOK)との約1年に及ぶ死闘を制した川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)が57キロ級に出場。「飛び込むスピードはいまや世界一」と評されるタックルを武器に、世界選手権3連覇を成し遂げて五輪内定を勝ち取った。だが、日本女子チーム全体で見ると、金メダルはその1個に終わった。

 笹山秀雄・女子強化委員長は、「伝統は守れたと思います。金メダルはひとつでしたが、そこまで惨敗だとは思っていない」とコメント。たしかにリオ五輪の前年と同じく5階級で出場枠を獲得したが、女子レスリング王国に暗雲は立ち込めていないか。「来年の東京はリオデジャネイロで獲得した金メダル4個に遠く及ばない」との声も上がっている。

 62キロ級の川井友香子(至学館大)は銅メダルを獲得し、姉・梨紗子との姉妹オリンピック出場の夢を叶えた。53キロ級の向田真優(至学館大)と76キロ級の皆川博恵(クリナップ)は銀メダルを獲得し、女子の五輪内定は計4選手。ただ、川井梨紗子をのぞく3選手と各階級チャンピオンとの実力には開きがあり、残り1年でその差を縮めるのはかなり厳しいのではないだろうか。

 また、68キロ級の土性沙羅(東新住建)も肩を手術した影響があるとはいえ、5位入賞でかろうじて出場枠は掴んだものの、リオ五輪を制した4年前の強さは見られなかった。身長差20cm以上の外国人選手にも臆さず決めるタックルを東京でも見せてほしいが、6月に行なわれた全日本選抜選手権での内容を見るかぎり、国内でも苦戦は必至だろう。

 女子で唯一、オリンピック出場枠を逃したのは50キロ級。準々決勝で敗退した入江ゆき(自衛隊体育学校)は、2年続けてプレーオフを争ったと須崎優衣(早稲田大)と再び五輪の切符をかけて争うことになる。

 1980年代にヨーロッパで女子レスリングがスタートすると、日本はどこよりも早く本格的な強化に取り組んだ。そして、女子がオリンピック種目として採用されたアテネ以降の4大会で18個の金メダルのうち、実に11個を日本は奪取してきた。それが今、各国から急激な追い上げを食らっている。

 女子レスリング復活のため、技術力と戦術眼を備えたコーチのナショナルチーム入りが今こそ望まれる。だが、前強化本部長によるパワハラ問題以降、日本代表強化合宿での重大事故に関わる裁判など、現体制は問題山積だ。東京オリンピックまで残された時間は、わずかしかない。