柔和な表情だった。鬼の形相で広島の門番を務めていた、あの姿はもうない。9月23日、広島の永川勝浩が17年の現役生活…
柔和な表情だった。鬼の形相で広島の門番を務めていた、あの姿はもうない。9月23日、広島の永川勝浩が17年の現役生活にピリオドを打った。引退会見では、球団だけでなく、先輩や後輩への感謝の言葉を並べた。時に笑顔を見せ、時に瞳にうっすら涙を浮かべた。
「やっぱり(自分のことではなく)人の話がダメなんだよね」
永川らしい、人間味溢れる会見だった。

17年の現役生活で、球団記録となる165セーブを挙げた広島・永川勝浩
マウンドで荒々しい姿が今も残る。亜細亜大から入団した2003年、いきなりストッパーを任せられた。左足を大きく上げたダイナミックなフォームから力強い直球と落差の大きいフォークを武器に、1年目から25セーブを挙げた。
「山本浩二監督(当時)にクローザーを任せていただいて、そういう道をつくっていただいた。この17年間は、その最初のスタートがあったからこそ。そういう意味で感謝しています」
永川は、低迷期にあった広島の守護神を務めた。豪快な投球スタイルで地位を確立し、一時代を築いた。だが、投手としての荒々しさは制球面にも見られ、四球からピンチを招くことも、リードを守り切れない登板もあった。
「何試合(勝ち星を)消してきたかわからない。僕の失敗のせいで、プロで1勝もできずに辞めた選手もいます。僕の失敗がなければ1勝はできていたわけで……。黒田(博樹)さんが投げた時も失敗していますし、佐々岡(真司)さんが投げた時も失敗している。本当に迷惑をかけました」
自らそう振り返ったように、”絶対的守護神”ではなかったかもしれない。
登板時に本拠地ファンがざわつくことも、広島の街ですら罵声を浴びたこともあった。だからだろう、マウンドを降りても表情は厳しいままだった。強くあり続けなければいけない。それだけの責任と重圧があった。
「そこは練習するしかない。当然、今もそう。逃げることはできない。すべて行動に移して打破していくしかない」。
走って、走って、投げ、そしてまた走って、走って、投げてきた。強靭な肉体と精神力に支えられ、2005年から5年連続で50試合以上に登板し、2007年からは3年連続で30セーブ以上を記録した。2010年4月までに積み重ねたセーブ数は、球団記録の164となった。
しかし、全力で走り続けた代償からか、2010年4月13日ヤクルト戦で右足内転筋を痛めた。
「あの段階で終わったんだろうなって……。当時はそんなこと思わなかったですけど、いま思えば、あそこで終わっていたんだろうなと思います」
翌日、「右長内転筋、恥骨筋損傷」と診断され、出場選手登録を抹消。それ以降、下半身の馬力を使った豪快な投球はなりを潜めた。痛みが癒えても軸足に体重は乗りきらず、投球バランスを狂わせた。150キロ近い剛速球は、一時140キロ前後しか出ない時もあった。
以後、積み重ねられたセーブ数がわずかに1だったことを考えても、永川のプロ野球人生に大きな影を落としたことは言うまでもない。
ただ、「あれがあったから頑張れたかもしれない」と言い切る。過去は変えられない。だからこそ現実を受け入れ、進んでいくしかない。歯を食いしばりながら、もがきながら歩んだプロ野球人生の第2章は、野球人として変わることを受け入れながら進んでいった。
2013年は開幕直後に右中指腱鞘炎、2017年は左膝痛を発症と度重なるケガが、永川の行く手を阻んだ。ケガする前のような剛球は投げられない。ならば制球力を磨き、キレを増し、打者が見えづらいフォームに修正……成長するために追求できることは何でもやった。
もちろん球威が復活することもあきらめてはいなかった。試行錯誤や葛藤、挫折を繰り返してきた。昨年は一軍に復帰し、22試合に登板するなど3連覇に貢献。存在感と矜持を示した。
今年は開幕から一軍登板がないまま、シーズンを過ごしてきた。野球への情熱、投手としての探究心は最後まで尽きることはなかったが、心とは対照的に肉体の衰えには抗(あらが)えなかった。ウエイトトレーニングに負荷をかけると張りがなかなか抜けず、頭で描いたイメージを表現することも難しくなっていた。
「そういうところを総合して心が折れた。いろいろ考えながら、限界を感じてしまいました」
積み重ねた165セーブを「遠い昔の話みたい。165がすごいかはわからない。たまたま球団新記録であっただけで、これから抜く人がたくさん出てくると思う」と誇ろうとはしない。もちろん内転筋を痛めた2011年以降、160試合に登板し、12勝8敗1セーブも誇れる数字ではないかもしれない。ただ、大きな財産となった。
「昔は結果もそこそこ出ていましたし、変化をしなくてもいいというところはあったと思います。本当にすぐに調子に乗る性格で、何でも簡単にできると思っていました。ここ数年で、いろんな意味で大人にしてもらった」
12月に39歳になる。白髪も目立つようになった。投球フォームから無駄をなくしていったように、人としても角が取れて丸くなった。
「今を大切に。今日は今日しかないと思いながら、日々を過ごしてほしい。1日1日を無駄にせず、”今”を生きてほしいと思います」
やり過ごした今は、変えられない過去になる。今を変えることで、未来は変えられる。後輩たちへ伝えたい最後のメッセージに、元守護神が過ごした17年の重みが詰まっていた。