八村塁(SF/ワシントン ウィザーズ)に、ワールドカップ(W杯)の舞台は何をもたらしたのだろうか。ただ、負けて終わったわけではない。そのことが伝わってくる3試合だった――。W杯初戦のトルコ戦でも3人のNBA選手を相手に戦った八村塁 1…

 八村塁(SF/ワシントン ウィザーズ)に、ワールドカップ(W杯)の舞台は何をもたらしたのだろうか。ただ、負けて終わったわけではない。そのことが伝わってくる3試合だった――。



W杯初戦のトルコ戦でも3人のNBA選手を相手に戦った八村塁

 1次ラウンド3試合のアベレージは、出場時間24.3分、13.3得点、5.7リバウンド。どの試合もエースとして働き、NBA選手の上から豪快なダンクをぶち込んで見せ場は作ったが、相手から徹底マークにあったことで、これまで以上に苦しむ場面も多かった。とくに3戦目のアメリカ戦では4得点に終わり、悔しさよりも、現状を受け入れたような表情を見せていた。

 1次リーグで3戦全敗を喫したあと、八村は「ディフェンスリバウンドが大事だとあらためて思った。来年はオリンピックがあるので、アメリカのような強いところと対戦して、ランキング1位というものが、どういうものかを感じたことはよかった。アジアのどの国も、上のラウンドに進むことができず、アジアのバスケは世界では通用しなかった。これからは日本を含めてアジアをどんどん盛り上げていきたい」とのコメントを残している。

 そして、最も対戦を楽しみにしていたアメリカ戦で封じられたことについては、こちらが質問する時間さえないまま、ロッカールームへと引き上げている。翌日、日本協会とワシントン・ウィザーズは、八村の順位決定戦の2試合欠場を発表。大会中から膝の不調と発熱による疲労を訴えており、9月末からのNBAのトレーニングキャンプに向けて休養を取ることがベストと判断されたのだ。

 日本代表への参戦や活動日数の制限は、ウィザーズの許可のもとで決められているだけに、体がSOSを出している以上、上のラウンドにつながらないのであれば、離脱という判断は致し方ないことだった。

 今回の疲労につながったのは、オフシーズンの多忙さも影響している。3月末のNCAAトーナメントを終えると、6月のNBAドラフトを含めてさまざまな活動とトレーニング期間があり、その後、NBAのサマーリーグに3試合出場した。そして、W杯に向けて合宿と強化試合をこなし、日本を背負って立つ役割を果たした。

 さらに、ブームが起こった中でメディア対応に追われると同時に、イベント出演、CMの撮影までこなしている。この半年間で今まで体験したことのない環境の変化が、ものすごいスピードで押し寄せてきたのだ。

 日本代表の活動については、8月の強化試合からW杯本番中まで、ウィザーズのコーチやGMが帯同して八村の体調をチェックしており、試合の様子は逐一、ヴィザーズの公式ツイッターに日本語でアップされていたほどだ。W杯直前まで帯同していたウィザーズのデビッド・アドキンスコーチは、「それだけ、ルイは私たちのチームにとって大切な選手であり、育てなければならない存在なのです」と語っている。21歳の青年がNBAドラフト一巡目指名を受け、世界最高峰リーグで戦うために背負っていたプレッシャーの大きさは計り知れない。

 今回のW杯は、八村自身も学ぶべきところが多い大会だった。トルコ戦ではベテランのアーサン・イリヤソバに巧みなディフェンスを仕掛けられ、誰よりも楽しみにしていたアメリカ戦では、ハリソン・バーンズに徹底マークを受けて体を押し込むことができず、明らかにフラストレーションを溜めていた。

 これまでの対戦相手は、八村に対してダブルチームやトリプルチームでついていたが、アメリカは1対1で八村を抑え込んでいた。そこからもこの先、八村が挑む世界のレベルの高さがうかがえた。世界大会に出れば八村が徹底マークを受けるのは当然だが、その際に的確な判断力でチームメイトを生かす引き出しを増やすことも今後は必要となる。

 また、トルコ戦以外はフリースローの確率が悪かった(チェコ戦8本中5本、アメリカ戦2本中0本)。高校時代はフリースローの確率が高かった八村だが、2年前のU19ワールドカップあたりからシュート時に前のめりになる癖が出てきていたが、それを改善し、今はシュートタッチや軌道を修正しているのが練習からも見てとれた。みずからコンタクトプレーに挑む八村はフリースローを打つ機会も多い。ウィザーズで必ず克服しなければならない課題だ。

 こうした課題と向き合えた初のW杯だが、何より収穫だったのは対戦国やNBAの先輩たちから容赦ない本気の対策をされたことだ。まだデビュー前のルーキーであるが、これから戦うNBAでのステップになったことは間違いない。これこそが八村にとって、W杯に出なければわからなかった学びだろう。

 八村は昨年、代表合流の際に『希望が帰ってくる』と謳われたことに「最初は違和感があった」と漏らしたことがある。

「僕はアンダーカテゴリーから日本代表でプレーしているので、日本の力になるならば絶対に代表でプレーしたい。でも『僕が入ったら勝つ』みたいな雰囲気になるのはおかしいと思う。バスケは一人では勝てないし、日本代表は僕だけのものではなくて、みんなで戦うもの」と発したその思いは、明成高校とゴンザガ大で学んだものだ。どちらのチームも、八村を強力な軸としながらも、チームプレーの中でエースを生かしていた。

 だが今大会の日本は、昨年以上に成長している八村の個の力に頼ってしまい、チーム作りの準備の足りなさを露呈することになった。これからの日本は現役NBA選手が合流する中での環境作りやチーム構築にも対応していかなければならず、八村も日本代表のシーズンまでを含めたコンディション作りを身につけていくことになる。そうした新時代に向かっていくチーム作りの対応を、今回のW杯で、日本代表も、八村自身も学んだのだ。

  八村は、9月末からはトレーニングキャンプに入る。NBAの環境に慣れてチームに貢献することは、八村の目標であるとともに、日本代表に還元できることもある。今回のW杯でNBA選手から認められたからこそ浴びた洗礼を糧にして、これからも前に進んでいくだけだ。