ヒール(悪役)と言ったらあんまりだが、全米オープンは異端のヒーローを誕生させようとしている。決勝進出を決めたダニール・メドベージェフ(ロシア)だ。グリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)を圧倒、四大大会初の決勝進出を果たした。

今大会は、まず、観客とひと悶着起こしたことで話題になった。

フェリシアーノ・ロペス(スペイン)との3回戦でのこと。ボールパーソンが渡そうとしたタオルを乱暴に投げ捨て、主審のコードバイオレーションの警告にはラケットを投げて応えた。観客のブーイングに、メドベージェフは試合後のインタビューで反撃した。

「あなたがたのおかげで勝てた。あなたがたがそれ(ブーイング)をやればやるほど僕は勝ち進むことができる。あなたがたのためにね」

客観的には、観客から浴びせられた負のエネルギーを力に換えたわけだが、実際、そうだったとしても、ものには言い方がある。その後、中指を立てる侮辱的な仕草もあったらしく、メディアのカメラに収められている。

道義的に正しくないことにアメリカの観客はことのほか厳しい。次の4回戦でもブーイングが飛んだ。

するとメドベージェフ、今度は違う方法で反撃を試みた。無表情で観客席を見やり、ダンスを踊るかのように腕を動かしながら対戦相手との握手に向かったのだ。インタビューではまたも「エネルギーをもらった。ありがとう」と、アンチ・メドベージェフの観客を挑発した。

そうやって敵を増やしながら、準々決勝でスタン・ワウリンカ(スイス)を倒し、準決勝でディミトロフを破った。

決勝進出までに当たったシード選手は第23シードのワウリンカだけ。第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)を破ったワウリンカと、第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)を破ったディミトロフを仕留めたのは立派だが、ドロー運に恵まれたと見ることもできる。

ただ、試合内容は素晴らしい。準決勝も見応えがあった。ディミトロフは好調時を思い出させる動きと思いきりのいいテニスを見せた。だが、メドベージェフは柔らかい守備で相手の攻めをしのぎ、チャンスと見るやポジションを上げてボールをたたいた。

低い球にはひざを深く曲げて対応し、深い球にはラインアンパイアのすぐ前まで下がって守備をした。そして、これはいけると見たら、ベースラインの後方からでもハードヒットを試みるのだ。

スキルの高さと勝負勘、そして勝利への執念の深さを見せた3セットだった。

メドベージェフより1歳若いアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)は、3回戦のメドベージェフの暴れっぷりを見て苦言を呈した。

「メドベージェフは少しやりすぎだ。勝っていれば問題はないのかもしれない。しかし、Next Genの選手や若手はフェデラーや(ラファエル・)ナダルのようなベテランに学ぶべきだ。彼らはまさにラケットで素晴らしいキャリアを築いたのだ」

だが、メドベージェフは難敵を連破し、まさにラケットで実力を証明した。前哨戦から4大会連続の決勝進出だ。そうして、ラケットでアンチの観客を沈黙させた。

コート上でのインタビューで、決勝までの道のりをどう言い表すかと聞かれたメドベージェフは「クレイジー」と答えた。3回戦、4回戦では観客のほとんどを敵に回し、ワウリンカとの試合では序盤に足を負傷しながら4セットを戦ったのだ。こんな言葉もあった。

「アメリカに向かうとき、僕はこんな好結果が待っているとは思わなかった。僕はこう言うべきだろう。アイ・ラブ・USA」

もちろん、これまでのいきさつがあったうえでの“米国愛”の告白だ。観客席からは、どう受けたらいいのか戸惑ったような、微妙なリアクション。塩味の効いたインタビューになった。やはりメドベージェフは、過去の強豪たちとはひと味もふた味も違う、規格外のヒーローだ。

(秋山英宏)

※写真は「全米オープン」でのメドベージェフ

(Photo by TPN/Getty Images)