日本最北端の街・北海道稚内市。今年もこの街で合宿を行っていた、車いすバスケ男子日本代表“シンペーJAPAN”を、『リアル』の連載をリスタートさせたばかりの井上雄彦が取材に訪れた。井上雄彦と及川晋平HCが、バスケを語りつくした熱いトークバトル…
日本最北端の街・北海道稚内市。
今年もこの街で合宿を行っていた、車いすバスケ男子日本代表“シンペーJAPAN”を、
『リアル』の連載をリスタートさせたばかりの井上雄彦が取材に訪れた。
井上雄彦と及川晋平HCが、バスケを語りつくした熱いトークバトル。
『パラリンピックジャンプ』vol.3発売記念として完全版でお届けする!
《前編はこちら(https://www.parasapo.tokyo/topics/20378)から》
※本記事はパラスポーツの“今”をお届けするスペシャルムック『パラリンピックジャンプ』(「週刊ヤングジャンプ」と「Sportiva」が共同編集/協力:パラサポ)との共同企画です。
根拠はいらない!!
シンペー流コーチング論
今の車いすバスケは、健常の日本代表以上に進化していると思う。世界のトップとも僅差の試合ができているし、もう絶対にかなわないという相手もいない。あとは何かのきっかけで、もうひとつ上に突き抜けるだけ。自信というか、心持ちみたいなものがみんなの中に生まれたときにボーンって上がれるんじゃないかな。「えっ、そんなに行けたんだ!」みたいなことになるのかなあって感じてるよ。
根拠はいらないなって、今、僕はすごく思います。どうしてもみんな物事に根拠を求めがちで・・・メダルが目標っていうとその根拠を、どうやったら獲れるのっていうことを聞きたがるんですけど、そこに根拠は必要ない。獲るためにやるべきことができていればいい。コーチとしてそういう考えじゃないと、メダルを獲れると信じてやっている選手たちとマッチしていかない。根拠を求めて「お前はできていないのに、なんでそんなことが言えるの」っていう方向に行くと、メダルを獲りたいという無垢な思いの選手たちを傷つけてしまうことになるんです。
それはマンガの世界にもあるよ。みんな新人の頃って本当に根拠のない自信を持っているんだけど、編集の人に見せたら、もうダメなことしか言われない(笑)。僕の場合はそこにやたらと反発してたんだけど、でもどんどんダメ出しをされると、それをすぐに受けちゃう人もいる。その結果、言われた通りに直していくといつのまにか自分がなくなって、自分の持ってたはずの自信、根拠のない自信までも消えていく・・・。シンペーの言う傷つけるっていう感じは多分そういうことなのかなって思う。子どものように、自分の中心にあるものをずっと信じ続けられるかどうか。感覚みたいなことなんだろうけど、そこが大きな分かれ目になるのかなって思う。
そうなんです。その選手のダメなところを直したら勝てるのかというと、そうじゃない。どうやったらチームが強くなるのかを考えて、そこを伸ばすのがコーチの役割。選手はコーチが言っている以上のプレーを創造することが役割なんですよ。
なるほど。ますますマンガと同じだね。
選手には、僕たちコーチ陣が言ってることを忠実にやろうとしないでくれって言っているんです。僕らが言ってることを活用して、選手たち自身で勝利をつかむことがバスケの楽しいところ、醍醐味なんだよということを伝えたいんです。さっきの話に出た世界選手権のトルコ戦がまさにそうで、選手たちのイメージと判断からどんどんプレーが生まれていった。もう、こちらは「みなさんでどうぞ!」って(笑)。
コーチとしてそういう思考になったきっかけは?
アメリカで、マイク・フログリー(世界最高の車いすバスケコーチと呼ばれている及川HCの恩師)が教えてくれたことですね。“いいこと”と“より良くなること”、この2つでコーチしなさいってずっと教わってきたんですよ。「ナイスショット! 次はこう打つともっといいよね!!」とか。
否定から入るか肯定から入るかという違いだね。日本の指導者は多くの場合、否定から入ってしまうよね。
その方が簡単なんですよ。試合ではやろうとしてることと違うことが起こる。それをチェックすることのほうが簡単だから、そこに反応しちゃうんですよ。だけど、コーチの役割はもっと良くしていくこと。そのためにはミスを指摘した上で、こうしたらもっと良くなるよね、っていうことを提示しないといけない。それがないと選手たちはミスしないことばかり考えるようになって、より身体が動かなくなっちゃう。
「どうしてできないんだ!」って怒鳴ってるだけでは、コーチの役割を果たせていないんだね。
そう思います。脅威を与えることで緊張感や集中力は生まれるかもしれないけど、そこから何か良くなることは生まれないだろうな、とは思います。でも難しいんですよ。勝ちたいと思えば思うほど、単純なミスには「んあ~っ!」ってなりますからね(笑)。でも、反対に自分の本当の気持ちも見せていかなきゃいけない場面もあるな、とも思うんですよ。
選手に感情を見せるってことだね。ミスした選手本人だけじゃなく、コーチの自分も悲しいし悔しいと。
そういう一体感が必要なタイミングもありますからね。僕も一緒にこのゴールに向かっていくんだぞ、っていう。でも気をつけていてもついつい行きすぎちゃうことが、やっぱりあるんですけどね(笑)。そこは京谷アシスタントコーチはじめ、いろんなスタッフのフォローのおかげでうまくやれているんだと思います。そもそも、いま日本代表でやっているバスケはレベルが高すぎて、僕が選手だったら絶対にできないですからね。
そうなんだ(笑)。
僕が車いす乗ってやろうとしたら、本当にできるの?って雰囲気になる(笑)。
そうか、もう若い選手たちは現役時代のシンペー選手を知らないんだ。
僕がパラリンピックに出たのは2000年のシドニーですからね。藤本とかが「シンペーさんはすごかったんだよ!」ってフォローしてくれるけど、若手はみんな含み笑い(笑)。だからずっと選手にも、僕がコーチだからって君たちと同じレベルのプレーができると勘違いしないでって言ってますよ。
『リアル』に負けない、俺たちのリアルを見せる!
『リアル』もリスタートしましたね。ワクワクしながらヤングジャンプの発売日を待って、読んだ後は、どんな展開になるんだろうってまたワクワク感が止まらないですよ。
ありがとう。
ついに3人が同じ体育館に集まりましたね。野宮がどこへ向かうのか、車いすバスケを始めた高橋は何を目指すのか。そして、僕と同じ障害を持つ戸川がどんな選手になっていくのか・・・。僕らは自分に置き替えて、リアルに考えちゃうんですよ。『リアル』は僕たちにとってライバルというか、大きな刺激を与えてくれる存在なんです。僕たちのやってる車いすバスケを、『リアル』に負けない魅力のあるものにしていかなきゃいけない。『リアル』に負けたら僕たちがフェイクになっちゃいますから。そのためには、2020年東京でメダルを獲らないと。
パラリンピックはシンペーが選手として出場した2000年のシドニーから見ているけど、日本代表が長い時間をかけて歩んできた道のりが、すごくいい形で東京につながってると感じるんだよね。勝つことが見えてきているから、努力を惜しまない。努力に対する成果がはっきり見えるから、成長も加速する。選手たちも、この道をこのまま進んでいったら掴めるっていうことをリアリティを持って感じているんじゃないかと思うよ。昨年のオーストラリアに2回勝ったMWCC、予選グループを1位で突破した世界選手権と、日本代表の力をまざまざと見せられてきたから、みんなリアリティを持って日本がメダルを獲るかもしれないと信じられる。選手も我々も、観客もみんなが本気で信じることができれば、2020年の会場の雰囲気は全然違うものになる。そうなると選手もさらに乗っていける。
それです! 観客席まで一体になったその雰囲気の中で闘いたいですね。そこに根拠はいらないけれど、僕たちは夢や希望は揺るぎなきものとしてしっかり持って闘っていきたいですね。メダルを獲れるぞという手応えは、選手たちはみんな感じていると思います。今年はチームを整えながら、この手応えをコートの中でより、リアルなものにしていく。それを来年につなげたいです。
シンペーとは『リアル』の連載を始めようとしたときから20年くらいの付き合いで、選手として、指導者としての道のりをずっと見てきた。やっぱり東京はひとつの集大成みたいな形になると思うんだよね。東京でシンペーには納得のいく闘いをして欲しい。後から振り返って、東京って最高だったなって思えるような大会になって欲しい。その上で、やっぱり勝つところが見たい。
大会が終わった後、井上先生とまた笑顔で会えるようにがんばりますよ! 『リアル』があったから、多くの人に車いすバスケを知ってもらえたし、多くの人に応援してもらえるようになりました。障害を負った絶望の中で、『リアル』と出会って車いすバスケを始めた選手もたくさんいます。『リアル』には、何かエキサイティングなもの、僕たちの心に火をつけるパワーがあるんですよ。
それはやっぱりシンペーをはじめ先駆者たちが、そういう葛藤や苦しみ、それを越えて今ここに辿り着いたんだっていうのを見せてくれたからだよ。僕はそれを取材させてもらって、シンペーや取材に協力してくれる選手のみんなからもらったもので作品を描いてるからね。
そう言っていただけるのであれば、僕たちの本物の車いすバスケは、もっとエキサイティングに、もっとおもしろく、そして勝つところを見せないといけないですね。『リアル』に負けられない!
いいね。もう期待しかないよ。僕も頑張って描かないといけないね。
現在、車いすバスケットボールを題材にした『リアル』を「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて大好評シリーズ連載中!!
井上雄彦(INOUE TAKEHIKO)1967年1月12日 鹿児島県出身
1988年「楓パープル」で第35回手塚賞に入選し、デビュー。
1990年より1996年まで『SLAM DUNK』を「週刊少年ジャンプ」(集英社)にて連載する。この作品が日本におけるバスケットボールブームの火付け役となり、2004年には国内発行部数1億部を突破し、第40回小学館漫画賞や、日本のメディア芸術100選においてマンガ部門1位に選ばれている。
及川晋平(OIKAWA SIMPEI)1971年4月20日 千葉県出身
16歳で骨肉腫となり、その後、千葉ホークスで選手としてのキャリアをスタート。2000年シドニーパラリンピックをはじめ、日本代表として数々の大会に出場した。アメリカ留学から帰国後は、「Jキャンプ」の活動を通じて車いすバスケの楽しさと人間の持つ可能性を多くの人に伝えてきた。指導者としては、カナダの名将であるマイク・フログリーに師事し、NO EXCUSEを強豪チームに育てた。2012ロンドンパラリンピック男子日本代表アシスタントコーチを経て、男子日本代表ヘッドコーチに就任。東京パラリンピックでのメダル獲得に向けてチーム強化を進めている。
構成・文/市川光治(光スタジオ)
取材・文/名古桂士(X1)
撮影/細野晋司
※本記事は『パラリンピックジャンプ』編集部協力のもと掲載しています。