ヨーロッパの移籍市場が閉まるまでの数週間、私はバルセロナに滞在し、ネイマールの移籍の動向を探った。この街で私は、バルセロナのネイマールに対する複雑な思いを肌で感じた。バルセロナでは幹部も、選手も、メディアも、サポーターも、そしてサッカーにまるで興味のない者も、「ネイマールが戻って来るのではないか」というニュースに、顔を見合わせてこう言ったものだ。

「いったい、なんでいまさら?」
 



失意のうちにパリ・サンジェルマン残留が決まったネイマール photo by Reuters/AFLO

 2017年の夏、バルセロナ市街はチームの顔ともいえる5人の選手の看板で埋め尽くされていた。空港にも駅にもバスの車体にも、力強くポーズを取ったリオネル・メッシ、イヴァン・ラキティッチ、ジェラール・ピケ、アンドレス・イニエスタ、そしてネイマールの姿があった。新シーズンのユニホームの宣伝だ。

 しかし、写真が貼り出されて10日もしないうちに、バルセロナは手痛い仕打ちを受けた。ネイマールが突然、パリ・サンジェルマン(PSG)に移籍したのである。ユニフォームの宣伝だけでなく、年間シートの宣伝、スポンサー企業の多くも、彼らの写真を使用していた。それにかかった費用は1200万ユーロ(約14億4000万円)だ。

 それを取り外さなければバルセロナはいい笑いものだ。200万ユーロ(約2億4000万円)をかけて看板を撤去し、別の選手を入れた看板をつけなおすのにまた750万ユーロ(約9億円)かかった。大損害だった。いや、金だけの問題ではない。バルセロナの人々の誇りは大いに傷つけられた。バルセロナはまだその裏切りを忘れてはいない。

 ここ数週間、バルセロナとPSGはネイマール移籍交渉の最終段階に入っているよう見えた。しかし、バルセロナのジョゼップ・マリア・バルトメウ会長は、マーケットの閉まる数日前、すでに地元テレビでこう言っている。

「我々はサッカー界の笑いものには断じてならない」

 ネイマールの移籍の真相。それはヨーロッパから遠く離れたひとりの人物が握っていた。今回の移籍騒動に関わったチームはどこもヨーロッパ有数の金持ちチームだが、その彼らをも操る存在だ。

 その人物とは、2022年にW杯を行なうカタールの首長タミーム・ビン・ハマド・アール=サーニー。花の都・パリのチームを買収し、支配し、操っているのも彼である。カタールはヨーロッパのほとんどの国より小さく、人口も少ないが、石油や天然ガスの資源が豊富で、とてつもなく金持ちだ。そして、その富のかなりの部分を彼が握っている。

 すべてを説明するには、話は2010年まで遡る。この年までバルセロナは世界のビッグチームの中で唯一、ユニフォームの胸にスポンサーをいれないチームだった。チームも選手もサポーターもそのことを誇りに思ってきた。「Mes que un club(ひとつのクラブチーム以上)」という標語は伊達ではなかった。

 そのタブーを破ったのが、カタール・スポーツ・インベストメント、つまりカタールという国家だ。彼らは巨額のオファーをし、胸に彼らのロゴを入れさせることに成功した。バルセロナは他のチームと同じレベルに成り下がってしまった。しかし2016年の契約更新交渉の際、バルセロナのバルトロメウ会長は合意金額以上の金を要求し、これにアール=サーニーは大いに立腹した。

 そして、更新を打ち切り(その後にスポンサーとなったのが日本の楽天だ)、それだけでは収まらず、カタールのヨーロッパ出先機関であるPSGに、移籍市場にいないはずのネイマールを2億2200万ユーロ(約265億円)という巨額で引き抜かせたのである。カタールは2022年W杯のメインアンバサダーにネイマールを起用するつもりであり、そのための布石でもあった。

 しかし、ネイマールはパリでは幸せではなかった。チームメイトとたびたび諍いを起こし、サポーターと対立し、練習に遅れ、フランス語も一向に覚えなかった。ネイマールは移籍を望んだ。彼が望むのはただひとつ。バルセロナへの帰還だった。ネイマールはその思いを隠そうとはしなかった。

 ラブコールを受けたバルセロナは、当初は呆れていた。あんなひどい仕打ちをして、どの面を下げて戻って来るのか、と。感謝もせず、挨拶もせず、後ろ足で泥をかけるように出て行ったことを、誰もが忘れてはいなかった。あんな裏切り者に大金を使う必要はない。

 しかしそれも、メッシのひと言で風向きが変わった。メッシはバルトメウ会長に、ネイマールを獲得してほしいと直訴したのだ。チャンピオンズリーグの準決勝でリバプールにてひどく敗れてから、メッシは考えていた。彼が再びビックイヤー(優勝トロフィー)を天に掲げるために、唯一助けとなる選手、それはネイマールだと。バルセロナでは、メッシの声は神の声に等しい。必ず叶えなければならない。こうしてバルセロナもネイマール獲得に動き出した。

 ただしバルセロナに、それほど資金は残されてなかった。バルセロナがまず提示した金額は、PSGの望むものからは程遠かった。そこでネイマールの父は、親しい代理人を使って、舞台にレアル・マドリードを引っ張り上げた。ネイマールはレアルになど行きたくもないし、もし行ったら、それこそ一生、裏切り者だ。移籍はあり得ない。すべてはバルセロナに、より高い移籍金を出させるための手段だった。この作戦は功を奏し、バルセロナは移籍金の額を上げた。

 また、ユベントスはクリスティアーノ・ロナウドの意を受けて、謙虚なオファーをした。ネイマールがPSGを離れたがっていること、バルセロナには帰れないこと、レアルに行くのは不可能であることを考えて、万が一の可能性に賭けたのだ。

 最終的にバルセロナが出した金額は1億3000万ユーロ(約156億円)。それにラキティッチとネルソン・セメドとウスマン・デンベレ。ネイマールもそしてバルセロナも、そこまで金を積めば移籍は可能だと考えていた。しかし、それは考え違いだった。

 ネイマールの行動は、砂漠の国の首長の逆鱗に触れた。アール=サーニーはこう決心していた。自分のメンツをつぶしたネイマールとその父親は許さない。PSGには早いうちからこのような指令が飛んでいた。

「ネイマールは売るな。チームは彼のものではない」

 その意を受けて、PSGのナセル・アル=ヘラフィ会長は「バルセロナが3億ユーロ(約360億円)払えば、ネイマールを渡そう」と発言。3億ユーロ……ありえない金額である。

 決して首を縦に振らないPSGにネイマールは焦り出し、最終手段に出た。1億3000万ユーロのオファーをしているバルセロナに対して、自分も2000万ユーロ(約24億円)から2500万ユーロ(約30億円)の自腹を切って応援すると申し出たのだ。

 だが、この頃になるとバルセロナもさすがにPSGの意図に気付き、バルトメウ会長がキレた。

「もうたくさんだ!」

 結局、ネイマールはパリに残った。

 今回の移籍劇に勝者はいない。誰もが敗者だ。

 まずネイマール。今回の騒動で、彼は契約を尊重しない選手であるイメージがより濃くなってしまった。実際これまでの移籍でも、すべて契約違反をしている。そんなネイマールを獲得しようと、世界中が注目するなかでオファーを吊り上げさせられ、しかし結局は失敗したバルセロナもいい面汚しだ。チーム幹部は不満を抱き、バルトメウ会長はメンツを失った。選手もサポーターも地元メディアも、これを屈辱と感じている。

 PSGも、日を追うごとに価値の下がっていく、チームにいたくもない選手を保有し続けることになる。サポーターとの関係は破綻しているし、フランス語はしゃべれないから地元メディアには何も話さない、欧州王者を目指すチームにはふさわしくない選手だ。ネイマール獲得時に支払った2億2200万ユーロは決して回収できないだろう。
 
 ブラジルもそうだ。国を代表するスター選手が、ウソつきで、無責任であることを世界中に暴露されてしまった。

 バルセロナは2020年の夏に再びネイマールの獲得を画策し、FIFAがそれに介入し、PSGに選手を売るよう勧告すると言われているが……確かなことはわからない。

 とにかく、ネイマールはパリにいなければならなくなった。どんな小さなミスでも、サポーターは思い切りブーイングするだろう。彼らは決してネイマールを認めまい。いや、それも、出場する機会があればの話だ。移籍市場が閉まる直前に、PSGはインテルからマウロ・イカルディを獲得した。ネイマールと同じポジションの選手だ。これは、ネイマールが態度を改めなければ、飼い殺しにされかねないことを示唆している。

 バルセロナに行く前、私はカタールに滞在した。かの国でネイマールは、カタール航空やカタール銀行をはじめとした大企業とスポンサー契約をしている。しかし今回、カタールでネイマールを使った広告を見かけることはついに一度もなかった。

 私はそこに明確なメッセージを感じた。金は払おう。しかしお前は一切使わない……。それがピッチの上でも起こるかもしれない。