「今年一番の目標だったので、達成できてうれしいですね」 クライミング世界選手権の最終日、楢﨑智亜が大トリにふさわしい圧巻のパフォーマンスで男子コンバインドに優勝し、ボルダリング単種目と合わせてふたつの金メダルを獲得。大会前に語った「代表…

「今年一番の目標だったので、達成できてうれしいですね」

 クライミング世界選手権の最終日、楢﨑智亜が大トリにふさわしい圧巻のパフォーマンスで男子コンバインドに優勝し、ボルダリング単種目と合わせてふたつの金メダルを獲得。大会前に語った「代表権を獲りにいくというより、世界一を狙いたい」という目標を実現させて、充実の表情を浮かべた。



男子コンバインドを制して五輪内定を勝ち取った楢﨑智亜

 コンバインド決勝の楢﨑智亜は、最初のスピードで流れを引き寄せた。ベストタイムが楢﨑智亜よりも速い選手がいるのに加え、ほかの日本代表選手たちも自己ベストを縮めている状況に、「油断できない」と気を引き締めて臨んだ。

 トーナメント1回戦で弟・明智に勝利すると、準決勝では6秒159の日本新記録をマーク。ファイナルではスピード種目のスペシャリスト、リシャット・カイブリン(カザフスタン/総合順位3位)に敗れたものの、5秒台を狙うアグレッシブさも見せた。

 1種目を終えた時点での日本勢の順位は、楢﨑智亜=2位、原田海=3位、弟・明智=5位、藤井快(こころ)=6位。好スタートを切った楢﨑智亜は、日本選手の誰しもが得意種目にする次のボルダリングでライバルを一気に突き離した。

「調子がよくて、どの課題も登れる気がしました」と振り返ったが、全3課題をただひとり全完登してボルダリング1位を獲得。リードで6位以下に沈まなければ、東京五輪の日本代表内定という状況で迎えた最終種目のリードでも、完登したヤコブ・シューベルト(オーストリア/総合2位)に次ぐ高度を記録して2位になり、拳を突き上げて歓びを表わした。

「オリンピックでのフォーマットで勝てたので自信になりました。優勝できてホッとしている。本番まで弱点を埋められる時間が増えたのは、自分にとって大きい」

 今大会の楢﨑は、ボルダリングでの強さが圧倒的だった。単種目の決勝4課題では、ほかの5選手が0完登に終わるなか、ただひとり2完登。コンバインド決勝のボルダリングでも、ふたつの課題は楢﨑以外に完登者はいなかった。

 それでも、東京五輪に向けて油断するところはない。

「今回は課題との相性がよかった部分がある。相性が合わなかったりすると順位を落とすので、まだまだがんばらないといけない」

 今大会の単種目とコンバインドのボルダリング課題で、楢﨑智亜だけが登れた課題は計4課題。一方で、楢﨑智亜が完登を逃したのは、単種目の準決勝と決勝での各2課題と、コンバインド予選で1課題の合計5課題。このうち単種目決勝以外の3課題を、ほかの選手は完登している。自分だけが登れた課題よりも、ほかの選手が登れた課題に視線が向き、すでに先を見据えている。

 目先の結果に一喜一憂せずに、優勝してもなお冷静に客観視して、強さを追い求める。大局観に立ってトレーニングを積み、ひとつひとつのスキルを伸ばしてきたからこそ、楢﨑智亜は大舞台になるほど力を発揮できるのだろう。

 それは、スピード種目の取り組みを見れば顕著だ。

 東京五輪でのスポーツクライミングの実施が決まったのは2016年。その後、3種目のコンバインドでの実施が決定すると、国内外の多くのクライマーから反論の声が上がった。登るという本質は同じでも、種目ごとの目的が異なるため、最高のパフォーマンスを発揮できないというのが理由だった。

 そうしたなかにあって、楢﨑智亜は五輪出場に向けて誰よりも早くから、スピードの練習に取り組み始めた。

「スピードはおもしろいし、楽しい種目だと感じたんですよね。それで練習量も、ほかの選手よりも多くできた。だから、適応も早かったんでしょうね」

 速くなるために研究して生み出したムーブ『智亜スキップ』は、今では多くの選手が取り入れるまでになった。

「コンバインドの選手じゃないのに、みんなに使ってもらえるのは光栄というか、歴史に名を刻めたかなと思いますね」

 そのスピードとボルダリングを武器にして、今大会は東京五輪の実施種目であるコンバインドで優勝を手にしたが、ここはまだ楢﨑智亜にとって通過点でしかない。東京五輪の目標を訊ねられると、次のように即答する。

「金メダルを取ることしか考えていない。準備に使える時間が多いので、より完全な状態で狙いたい」

 今大会は、最大のライバルと目されたアダム・オンドラ(チェコ)がコンバインド予選のリードで反則を冒して決勝進出を逃し、大会を通じて好調だったアレクサンダー・メゴス(ドイツ)もコンバインド決勝ボルダリングで指を痛めて途中棄権となった。昨年の世界選手権コンバインド王者のシューベルトやスピード1位のカイブリンも、来年までに本職以外の2種目のレベルをさらに高めてくるのは間違いない。

 敗者が強大でビッグネームであるほど、メダルの輝きが増すのが勝負の世界。来夏、彼らとの戦いを制し、五輪史で初めて実施されるスポーツクライミングの初代金メダリストとして名を刻むために、楢﨑智亜の戦いは続く。