仙台育英(宮城)の練習会場で須江航監督とバッタリ顔を合わせると、須江監督は笹倉世凪(せな)と伊藤樹(たつき)の1年生投手コンビを呼び寄せ、「菊地選手(筆者)が来てくれたぞ」と仲介してくれた。 1年ぶりに再会した笹倉は、心なしか背が高く…

 仙台育英(宮城)の練習会場で須江航監督とバッタリ顔を合わせると、須江監督は笹倉世凪(せな)と伊藤樹(たつき)の1年生投手コンビを呼び寄せ、「菊地選手(筆者)が来てくれたぞ」と仲介してくれた。

 1年ぶりに再会した笹倉は、心なしか背が高くなったように見えた。

「少し伸びました。177センチです」

 相変わらず口数は少なく、表情からは感情が読み取りにくい。大船渡(岩手)との練習試合で佐々木朗希から本塁打を浴びたと聞いていたため、その話を振っても「いや……とくに何も思わなかったですね」と乗ってこない。



飯山戦で先発した仙台育英の1年生投手・笹倉世凪

 伊藤は相変わらず社交的で、自分の考えていることを淀みなく言語化できる長所は健在だった。

「硬球に慣れてからストレートの質がすごくよくなって、空振りが取れるようになってきました。硬球は回転がわかりやすいので、その回転を見て次の球から修正しやすいのかなと思います」

 1年前、私は『中学野球太郎』(廣済堂ベストムック)という雑誌の体験企画「菊地選手のホームランプロジェクト」で仙台育英学園秀光中等教育学校(秀光中)の投手陣と対戦する機会に恵まれた。

 その夏に全国中学校軟式野球大会(全中)で準優勝することになる秀光中には、最速140キロを超える投手が2人もいた。それが最速147キロ左腕の笹倉と最速144キロ右腕の伊藤だった。

 同一中学野球部に最速140キロ超の速球派が2人も存在したことなど、これまであっただだろうか。私は取材時に4打席ずつ対戦させてもらい、当たり前のようにノーヒットに終わった。

 その対戦時も笹倉は146キロ、伊藤は143キロを計測したが、とくに印象深かったのは伊藤の完成度の高さだった。ストレートは球速ほどの強さを感じなかったものの、コーナーに投げ分けるコントロールが抜群。さらにストレートと同じ腕の振り、同じ軌道からスッと落とすスプリットがあり、「こんなピッチャー、打てるはずがない」と絶望した。金子弌大(日本ハム)を彷彿とさせる飄々とした顔つきまで脳裏に焼きついた。

 一方の笹倉はというと、じつは伊藤ほどの驚きはなかった。たしかにストレートはバットを押し返す強さがあり、スライダーのコントロールもまとまっていた。それでも、私は笹倉のスライダーをとらえ、左中間へとヒット性の打球を運ぶことができた。あいにく私の打球方向を予測していた秀光中の見事なフォーメーションによって、センターフライに終わったことは今でも無念でならない。また、この時の笹倉は足首骨折から復帰して間もない時期で、コンディションが万全ではないという要因もあった。

 あれから1年が経ち、秀光中から系列校の仙台育英に進学した2人は甲子園出場チームの立派な戦力になっていた。

 8月9日の飯山(長野)との初戦、先発マウンドに立ったのは笹倉だった。ひと目見て、中学時代よりも投球フォームに連動性が出てスムーズになったように感じた。試合後に本人に確認すると、「軟球は腕だけの力で強く投げられますけど、硬球は腕だけだと球がいかないので。全身を使って回転のいいボールを投げたいんです」と語っていた。

 予定の3イニングをしっかりと投げ抜き、被安打1、奪三振2、与四球1、失点1。相手に先取点を許したものの、「テンポよく投げられたので、その後の得点につながったと思います」とたくましかった。2日前に3年生左腕の鈴木日向(ひゅうが)に教わった即席のチェンジアップで三振を奪うという収穫もあった。

 仙台育英は5回に10得点を奪うなど、大量得点で試合を決めた。そして18対1の7回表からマウンドに上がったのは伊藤である。

 投球練習の時点で、審判から「早く、早く」と急かされる甲子園特有の洗礼を浴びた。自分のリズムで試合に入っていけず、初球の変化球はすっぽ抜け。それでも、2イニングを投げて被安打1、奪三振1の無失点。試合後、「自分のテンポでは投げられませんでしたが、それもいい経験をしました。次からは丁寧に投げたいです」と反省の弁を口にした。

 この日の最高球速は、笹倉が142キロで伊藤は140キロ。上々の甲子園デビューと言えるだろう。しかし、彼らにとってここは本格的な野球人生の入口付近。仙台育英には、この有望な1年生投手たちを今後どのように育てていくのかが問われていく。

 仙台育英の須江監督は、「投手の腕(ヒジと肩)は消耗品」という考え方の持ち主である。投手には1週間に投げた球数を記録させ、基本的に合計300球を超えないようコントロールしている。しかも、その「300球」とは実戦や投球練習だけでなく、キャッチボールやシャドウピッチングで腕を振った回数も含まれる。笹倉や伊藤のような1年生になると、1週間で200球にも満たない。須江監督は「それで十分ボールは速くなりますし、ピッチャーは育っています」と力説する。

 また、笹倉と伊藤の指導方針については「慎重に育てないといけないと思っています」と言って、こう続けた。

「この夏はショートイニングしか考えていません。1人でアウト6個、2人合わせてアウト12個取ってくれたら万々歳ですよ。7~8月は結構投げているので、9月はできれば休ませたいですね。でも秋の県大会が始まってしまうので、やはりショートイニングでいくことは変わりないのかなと」

 そして須江監督は、2人の未来への道筋としてこんなたとえ話をしてくれた。

「『ウサギとカメ』で言えば、笹倉がカメで伊藤はウサギですよ。笹倉は完成度の高い投手ではないので、目先の結果を追わせる時と追わせない時をしっかりと分けたい。将来160キロを投げるような、菊池雄星投手(マリナーズ)を追える可能性がありますから、スケールを小さくしたくないんです。

伊藤は逆に、今のような器用さだけで終わらせてはいけない。今年の高校生でいえば、奥川恭伸くん(星稜/石川)がモデルになってくるでしょう。道順は違っても、2人とも大きく育てるということは同じです」

 そんな指揮官の思いは、2人にも通じているのだろう。笹倉も伊藤も「スーパー1年生」と騒がれることについては、「何も変わりません」と口を揃えた。騒がれたからといって、ボールが速くなるわけでもコントロールがよくなるわけでもない。伊藤は「やることは変わりません」と淡々と語った。

 自分ができることは、今までの自分を超えることだけ。2人の関心はさらなる高みにある。