2019年の鈴鹿8時間耐久ロードレースは、レース終盤にドラマチックな出来事が次々と発生して、波瀾万丈の展開になった。 5連覇を狙うヤマハと、ファクトリー活動再開2年目で何としてもそれを阻止したいホンダ、そしてスーパーバイク世界選手権(…

 2019年の鈴鹿8時間耐久ロードレースは、レース終盤にドラマチックな出来事が次々と発生して、波瀾万丈の展開になった。

 5連覇を狙うヤマハと、ファクトリー活動再開2年目で何としてもそれを阻止したいホンダ、そしてスーパーバイク世界選手権(SBK)のファクトリー陣営をまるごと8耐チームのカワサキ・ファクトリー・レーシングSUZUKA 8Hとして鈴鹿に乗り込んできたカワサキの3メーカーが、真っ向勝負でぶつかりあう三つ巴の壮絶な戦いを繰り広げた。



カワサキを駆って猛烈な追い上げを見せたジョナサン・レイ

 ヤマハ・ファクトリー・レーシングは、30年前の8耐ブームで大人気を集めた栄光のTECH21カラーリングで今年の大会に臨んだ。ライダーは、昨年と一昨年のレースを制した中須賀克行、アレックス・ロウズ、マイケル・ファン・デル・マークという〈ゴールデントライアングル〉体制。

 ホンダは、HRCのエース高橋巧と、8耐4勝ライダー清成龍一、そしてマシンを知り尽くしたテストライダーのステファン・ブラドルという鉄壁のチーム体制で、レッドブル・ホンダとしてファクトリー2年目の挑戦。

 カワサキは、昨年は途中まで圧倒的な速さを見せながらいくつかの不運に泣かされて3位に終わった結果の捲土重来を期すべく、上記のとおりSBK王者のジョナサン・レイ、チームメイトのレオン・ハスラム、トプラック・ラズガットリオグルという強力な布陣。

 彼らは序盤から激しい接近戦を続け、6時間を経過しても緊密な争いが続いた。残り1時間となった段階で、ホンダの高橋がレースをリード。2.8秒差でカワサキのハスラム、さらにヤマハの中須賀が8.6秒差で追っていた。夕闇が一帯を覆う頃、3台の周回数はまもなく200周に到達しようとしていた。

 カワサキは、ハスラムから切り札のレイへ交代。ナイトセッションで猛烈な追い上げを開始した。その数周後にピットへ戻ったホンダは、給油と前後タイヤの交換を済ませた。ライダーは交代せずに、ナイトセッションの難しさを知り尽くした高橋に勝利を託し、そのまま連続周回に入った。同時にピットインしてきたヤマハは、中須賀からロウズへ予定どおり交代してコースイン。

 レイは暗闇をものともせずに、ファステストラップを更新しながら高橋とのタイム差を詰めてゆく。ロウズもバックマーカー(周回遅れ)を次々と処理しながら、前に見えない2台を追う。そこにコースの一部で雨もぱらつき始め、状況はさらに緊迫感を増しはじめた。

 201周目、ついにレイが連続セッションで疲労の見える高橋をオーバーテイク。その後も一気に差を広げはじめた。数周後はロウズも高橋を捉え、2番手に浮上した。

 レイのペースはいっこうに衰える気配がなく、レースも残り10分を切ってカワサキの1993年以来26年ぶりの8耐優勝がどんどん現実味を増してきた。そのとき、1台のマシンがコース上で白煙を上げた。

 鈴鹿8耐は、世界耐久選手権(EWC)のシーズン最終戦に組み込まれており、このレースはEWCの2018/2019チャンピオンを争う重要な一戦だった。スズキ・エンデュランス・レーシングチーム(SERT)は9番手を走行しており、この順位でチェッカーを受けるとライバルチームに1ポイント差で逆転チャンピオンを奪取できる位置につけていた。

 だが、彼らが211周目に差しかかった1コーナーで、突然エンジンがブロー。暗闇のなかでエキゾーストから白煙を撒きあげながらスローダウンし、2コーナーを経てS字コーナーのコースサイドにマシンを停めた。レース開始から7時間55分、EWCにおける彼らの逆転優勝はこれでついえた。

 この時、トップを走行するカワサキを先頭に、ヤマハ、ホンダのマシンは216周目に差しかかっていた。さらに2周を走り、午後7時30分まで残り2分を切って、レイが218周目の周回に入っていった。

 このラップを終えてチェッカーフラッグを受ければ、カワサキが悲願の優勝を達成する。だが、そのファイナルラップで、レイがS字コーナーでいきなり転倒。ヘッドライトのみが路面を照らす暗闇のなか、数分前にSERTの撒いたオイルに乗ってしまい、タイヤを滑らせてしまったのだ。

 午後7時30分まで残り1分30秒となったところで、赤旗が提示されてレースは中断。ラップタイムモニター上では、カワサキが転倒したため、ヤマハ・ファクトリー・レーシングがトップに繰り上がり、レッドブル・ホンダは2番手として表示されていた。

 まもなく、レースディレクションは「この順位を暫定リザルトとする」として、その結果に基づき、ヤマハが5連覇を達成したものとして、8耐恒例の表彰台セレモニーが行なわれた。

 このレースディレクションの裁定に対して、カワサキレーシングチームから抗議が提出された。理由は、レギュレーションに記されている文言では、「赤旗が提示された場合、赤旗の前の周回での順位をレース結果とする」と記されているからだ。

 レースディレクションは、この抗議を受理して審議を行なった結果、カワサキからの抗議を認めて表彰式での順位を覆し、彼らの優勝という暫定リザルトがレース終了後2時間を経過した午後9時35分にあらためて発行されることになった。

 この一連の混乱については、少々の説明が必要だろう。

 レースディレクションが当初ヤマハを優勝扱いとしたのは、「赤旗中断後5分以内にピットレーンに戻ってきた車輌を正式な終了扱いとする」という、FIM世界選手権の考え方による。

 これは、たとえばMotoGPでは、ルールブックの「1.25.1 INTERRUPTION OF A RACE(レースの中断)」内で次のように記載されている。

「赤旗が提示されてから5分以内に、ピットレーンに入り、所定のピットレーン入り口タイム計測ポイントをモーターサイクルに乗って通過しなかった選手はレース終了とみなされない」【※1】

 MotoGPのみに限らず、同じFIM世界選手権であるスーパーバイク世界選手権のルールブックでも同様に、「1.26 レースの中断」で以下のように記述されている。

「レース終了と見なされる選手は:
――赤旗が提示された後、各自のモーターサイクルに乗った状態もしくは押した状態で所定のコースを使用して5分以内にピットレーンへ入らなければならない」【※2】

 これらの条文の精神に基づき、レースディレクションは5分以内にピットレーンへ戻ってきたマシンを終了扱いとしたために、転倒してマシンをピットレーンへ戻せなかったカワサキをリザルトから除外した、というわけだ。

 しかし、鈴鹿8耐が準拠するEWCは同じFIM世界選手権でも、レギュレーションにこのような「5分ルール」の文言は記されていない。少し長くなるが、EWCの赤旗中断に関するルールは「1.23 レースの中断 1.23.1 リザルト」で以下のとおりだ。

「レースディレクションが天候状態やその他の理由でレース中断を決定した場合、フィニッシュラインとすべてのフラッグマーシャルポストで赤旗が提示され、サーキットの赤色灯を灯火する。選手はすみやかに速度を落とし、パルクフェルメ(車輌保管場所)へ行くためにピットレーンへ戻らなければならない。

 リザルトは、レースの先頭走行者が、赤旗が提示されていない全周を完遂したラップで、先頭と同一周回にいるすべての選手がいた地点をもって結果とする」【※3】

(以上、MotoGP【※1】、SBK【※2】、EWC【※3】のルール和訳:筆者)

 つまり、EWCのレギュレーションでは「5分ルール」が文言として明文化されていないため、当初レースディレクションの判断した「FIM世界選手権の考え方」は適用されない、ということになる。

 さらにいえば、レースディレクションはSERTのバイクから白煙が上がった段階で、赤旗を提示してすみやかにレースを中断するか、もしくはセーフティカーを導入してレース状況をコントロールすべきだった、ということも指摘しておきたい。

 SERTがエンジンブローを起こしたのは午後7時25分というレース終了まであとわずかな状態で、そこからレイが転倒を喫するまで、トップ集団は2周以上を重ねている。レースディレクションの考えとしては、「状況が二転三転する劇的な展開が続いたレースを停めてしまうよりも、なんとか選手たちに無事に走りきってもらって、皆の記憶に強烈に灼きつく感動的な幕切れを迎えさせてやりたい」という、ためらいのようなものが判断を鈍らせたのかもしれない。

 だが、いずれにせよ、赤旗提示のタイミングが遅きに失したことは間違いないだろう。そのために、観客の前ではヤマハの5連覇達成を祝福する表彰式典が行なわれ、2時間後にカワサキの優勝としてリザルトが発行しなおされるという、ちぐはぐな結末に至った。

 繰り返すが、レースディレクションはSERTが白煙を噴いた段階でレースを停めるべきだった。たとえレースが5分を残した段階で中断したとしても、あの状態からヤマハのロウズがカワサキのレイを逆転していたとは非常に考えにくく、カワサキの優勝を疑うものはおそらく誰もいなかっただろう。最終的には、順当なレース結果となる判断が下されたとはいえ、8耐史上空前と言っていい緊迫した展開が、妙に落ち着きの悪い幕切れになってしまった感は否めない。

 2019年の8耐は、終盤に最高の盛り上がりを見せた一戦として語り継いでゆきたいが、奇妙な後味を残した幕切れとしても記憶に残ってしまったかもしれない。