第10戦・イギリスGPの金曜、午後5時前――。マックス・フェルスタッペンはレーシングスーツ姿でパドックを走り、レッドブルのモーターホームへと駆け込んだ。間もなく始まるドライバーズブリーフィングに向かうため、急いで平服に着替えにいったのだ。



シルバーストンでのレースを4位・5位で終えたレッドブル・ホンダ

 フェルスタッペンはフリー走行を終えてから、レーシングスーツ姿のまま1時間半もエンジニアたちと話し込んでいたことになる。前戦オーストリアGPでは驚異的な走りで優勝をもぎ取ったフェルスタッペンだったが、シルバーストンの金曜日はマシンバランスが定まらず、苦戦を強いられていた。

「今シーズンで最悪の金曜日のひとつかもしれない。マシンバランスがよくなかった。ものすごくスライド量が多くて、気持ちよく走れる状態ではなかったんだ。かなりの挽回が必要だ。今夜はやるべきことがかなり多いよ」

 一方、ピエール・ガスリーはオーストリアGP後からの10日間、ミルトンキーンズのファクトリーに通い、エンジニアたちとの話し合いや技術的な確認作業を重ね、さまざまな点を見直してきたという。その結果、ガスリーは見違えるような走りで、フリー走行1回目にはトップタイムを記録。「今季最高の金曜日だ」。ガスリーは笑顔を見せていたが、フェルスタッペンはまさにそれと真逆の状況だった。

 レッドブルは、金曜夜の間にデータを解析。土曜朝のフリー走行3回目で対策を施したマシンを走らせ、予選までにRB15を最高の状態に仕立て直した。

 その結果、予選4位とはいえ、トップのメルセデスAMGに対して0.183秒差という僅差に迫ることができた。

「正直言って、今日は予選でどこまでいけるかまったくわからなかった。金曜日は最悪な状況だったし、今朝になってもスタビリティ(安定性)が欠けていたから。でも、予選でスタビリティを確保することができたんだ」

 フェルスタッペンは、ダウンフォースとドラッグ(空気抵抗)の最適なバランス点を見つけ出すことに成功したのが大きかったと話した。

「コーナリングとストレートラインスピードの最適な妥協点を見つけ出すことができたんだ。ウイングを見れば、僕らがメルセデスAMGよりも少し薄いウイングを使っているのがわかると思う。実際、ストレートでの速さはそれほど違わない。それでも、高速コーナーでいいパフォーマンスが発揮できている」

 依然として予選では、ホンダのパワーユニットは最大出力でメルセデスAMGやフェラーリに後れを取っている。その分、ダウンフォースを削り、空気抵抗を小さくして車速を稼ぐしかない。

 今までのレッドブルは空力性能が不十分で、ダウンフォースを削ることが難しかった。しかし、ここでそれが可能になったのは、フランスGPとオーストリアGPに投入した空力アップグレードのおかげだ。

 予選では「ターボラグ」が出て、低速コーナーの立ち上がりでスロットルを踏んでもパワーがついてこなかった。最終コーナーの先はターン3まで長い全開区間が続くだけに、初速の差は大きく響いてしまう。ラップタイムではわずか0.183秒差だっただけに、「そのロスがなければポールポジション争いさえ可能だったのでは」と、フェルスタッペンは言った。

 ターボエンジンはエンジン排気でタービンを回し、その回転でエンジン吸気を圧縮して出力を増大させる。エンジンが回っていなければ排気がないから過給はされず、エンジンが回り始めたところで過給されて、後からパワーが急に出る。これが、一般的に言うターボラグだ。ターボの構造上、これは絶対について回る。

 しかし、今のF1のパワーユニットは「スロットル操作に対して、どれだけトルクを出すか」というトルクマップで複雑に制御され、MGU-K(※)とMGU-H(※)の2種類のハイブリッドシステムを使い、電気でターボを回して過給する「Eブースト」という使い方もできる。

※MGU-K=Motor Generator Unit-Kineticの略。運動エネルギーを回生する装置。
※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 フェルスタッペンが感じた「ラグ」は、ターボだけに由来するものではなく、これらを総合的に制御するセッティングの煮詰め不足だったと、ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターは説明する。

 これは前戦オーストリアGPあたりから散見されていた症状で、「フリー走行や決勝の走り方では出ず、予選アタック時のみ出る」と言う。

 マシンの限界まで攻めた時、ドライバーは通常時よりも速いスピードでスロットルを操作する。それがホンダの想定以上の速さだったために、出力がついてこなかった。それはまさしく、マシン挙動がそれだけよくなっていることの証に他ならない。

「マックスのスロットル操作の速さがこれまでになかったような速さだったから、セッティング上で想定されていなかった。マシン的には、これまでできなかったこと(素早いスロットルワーク)ができるようになったとも言える。ホンダは今回の数値を元に、ダイナモ上で対策を図ってきてくれるはずだ」(クリスチャン・ホーナー代表)

 シルバーストンは高速コーナーが連続するだけでなく、スロットル全開率も70%近くあり、超高速のモンツァに次いでパワー感度(出力がラップタイムに与える影響)の大きいサーキットだ。鈴鹿と同じように、マシンの総合力が高い次元で求められるサーキットだとも言える。

 そこでトップにこれだけ肉薄し、決勝ではフェラーリのシャルル・ルクレールを追いかけ回して珠玉のバトルを演じて見せた。ストレート速度の速いフェラーリを抜くのは容易ではなかったが、純粋なペースではレッドブル・ホンダのほうが速かったのは明らかだった。

 オーストリアではスチュワード(審査員)の裁定を巡ってひと悶着あったふたりだが、フェルスタッペンも激しいバトルは望むところだと言った。

「オーストリアの一件から、ルクレールはちょっと不機嫌な様子だったし、今日のディフェンスもすごくハードだったけど、いいレーシングだったと思うよ。僕は全面的に大歓迎だ。

 ただ、マシンにダメージを負いたくなかったから、必要以上のリスクは冒さないようにしたよ。なぜなら、僕らのマシンのほうがかなり速いのがわかっていたからね。

 だから、あとはちょっとした流れを掴むだけでよかった。チームがいい戦略で僕にチャンスを与えてくれたから、すべてはうまくいっていたんだけど……」



アクシデントがなければフェルスタッペンの表彰台は確実だった

 しかしその後、セーフティカーが導入されたことで、レース序盤にピットストップを行なったドライバーたちはピット1回分のタイムロスを喫することになった。これによってポジションを上げたセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)とのバトルの末に、フェルスタッペンは追突されて後退。ディフューザーが激しく損傷したうえにパワーステアリングも不調となり、手負いのマシンをゴールに運ぶので精一杯だった。

 あのまま行けば、2回目のピットストップを行なった2位バルテリ・ボッタス(メルセデスAMG)がフェルスタッペンの後方となり、レース終盤に彼を抑えて2位を死守するか、少なくとも3位表彰台は確実だった。ホーナー代表は、「保証されていたはずの表彰台を失った」と表現した。

「パワーセンシティビティの高いサーキットで、メルセデスAMGにここまで肉薄できたのはとても心強いよ。それに、マゴッツ~ベケッツやコプスでフェラーリを背後にフォローして追いかけることができた。これは、非常に優れたマシンであるということのサインだ」

 結果こそ4位=ガスリー、5位=フェルスタッペンという目立ったものではなかったが、その中味はこのうえなく濃いものだった。オーストリアの優勝がまぐれではないと証明し、今後のレースに向けて期待を抱かせてくれるものだった。