文=神高尚 写真=Getty Images

若く勢いのあるチームは『戦術の熟成』で勝負

初優勝を遂げたラプターズからカワイ・レナードがクリッパーズに移籍し、5年連続でファイナルに進んだウォリアーズからケビン・デュラントがネッツに移籍。そしてラッセル・ウェストブルックがロケッツにトレードされるなど上位チームのロスターが大きく入れ替わり、またレイカーズやキングスなどのプレーオフを逃したチームにも補強があり、NBAの勢力図はまた大きく入れ替わろうとしています。

スター選手を複数揃えたチームは躍進が期待されますが、今のNBAは選手の質だけでは勝てず、戦術的な熟成が必要になるだけに、単純な足し算で結果を求めることはできません。各チームが戦術を再整備して、新しいロスターにあった戦術を構築するには時間も必要になります。

そんな中で大きな動きを見せなかったのが西カンファレンス2位と躍進したナゲッツです。プレーオフではブレイザーズに敗れたものの、若い選手が緊迫した場面でもレギュラーシーズン同様のプレーを披露してくれました。このオフはディフェンスの要となったポール・ミルサップを残留させ、二コラ・ヨキッチとともにオフェンスの主役になったジャマール・マレーと長期契約を結びました。補強としてはサンダーからジェレミー・グラントを獲得したくらいで、現状維持のロスターでチーム力を高める方向性です。

2016-17シーズンからヨキッチ中心のチームに切り替え、時間をかけて熟成させてきた戦術で他のチームよりも一歩先を行くことが予想されますが、そもそもこの『戦術の熟成』とは何なのか。昨シーズンにナゲッツが勝利を積み重ねた理由は若さによる勢いだけでなく、3年間かけて熟成させた戦術にあったのですが、それは現代NBAのトレンドとは少し異なる戦い方でした。

最終戦に敗れてプレーオフを逃した1年前のナゲッツは若い選手を揃え、現代らしく3ポイントシュートとトランジションを得意とし、速いペースの中でのオフェンス力で圧倒するスタイルでした。それは時に不発に終わって負ける不安定さも持ち合わせながら、調子に乗った時はどんな強豪でもねじ伏せる爆発力がありました。

しかし、昨シーズンのナゲッツはリーグ全体が試合のペースを上げる中で、じっと我慢するように簡単にはシュートを打たないスタイルに変貌しました。『試合のペースを落とす』チームは他にもありますが、それはエースが長い時間ボールをキープして、個人で仕掛けてミスを減らす狙いであることがほとんどです。ところがナゲッツは従来通りの『連続したパス交換』を続け、人とボールを積極的に動かしてフリーの選手を作りながらも『簡単には打たない』という一風変わったオフェンスでした。

リーグ最高勝率に躍り出たバックスは誰もが少しでもフリーになれば3ポイントシュートを打つ戦術に切り替えたことで勝利を積み上げたのに対して、ナゲッツはフリーで打てるシーンでも打つとは限らず、しつこいくらいにパスとドライブを繰り広げることで勝利を積み上げたのです。もともとはバックス同様に積極的なスタイルだったのが、オフェンスシステム自体は同じながらも積極的に打たなくなったことが、ナゲッツにおける『戦術の熟成』だったともいえます。

積極的に打たないとはいえ、ヨキッチも含めてアウトサイドシュートの上手い選手が揃うだけに、ディフェンスはパス回しに対して常に追い掛け回す必要があります。そこで簡単には打たず、ドライブとパス回すを続けてくることで、ディフェンスに何度も何度も対応することを強いたのです。これが試合を通じて対戦相手に精神的なプレッシャーを与えることに繋がったのか、ナゲッツは試合終盤で強さを発揮し、残り5分、5点差以内の試合で31勝15敗とリーグ最高の成績を残しました。

またナゲッツが大きく改善したのがディフェンス面でしたが、その中でも特にトランジションディフェンスが良くなり、速攻でイージーに得点される機会が激減しています。積極的すぎるシュートを控えることでディフェンスに戻り切れないシーンが減ったこと、そして相手チームも長い時間のディフェンスを強いられたことでオフェンスへの素早い切り替えが難しくなったことが要因でした。自分たちの弱点だった部分を戦術的な変化で補った形です。

3ポイントシュート、トランジション、そしてパス回しと現代的なチームオフェンスを持ち合わせながら、積極的なシュートを減らしたナゲッツの異端なスタイルは、ヨキッチを中心にしてチームを作り始めてから3年目にして初めて完成したものでした。おそらく1年目から同じことを志していたら単なる弱気なチームになっていたはず。強気なスタンスは崩さずに積極的すぎるシュートを減らすという微妙なバランスで、ナゲッツのバスケットは成立したのです。

多くのチームが新しいロスターで臨む中で、継続路線を採用したこと自体が独特です。スター揃いのライバルに対して、若いナゲッツが『戦術の熟成』を武器に優勝を目指すのも面白い点です。他のチームとは異なる独自路線を突き進むナゲッツは、どこまで行けるのでしょうか。