7月6日、埼玉・和光市総合体育館にて世界選手権の代表を決めるプレーオフ6階級が行なわれた。 今回のプレーオフは、昨年12月の全日本選手権優勝者と、今年6月の全日本選抜選手権優勝者が異なったため、その階級の最終選考会として開催。そのなか…

 7月6日、埼玉・和光市総合体育館にて世界選手権の代表を決めるプレーオフ6階級が行なわれた。

 今回のプレーオフは、昨年12月の全日本選手権優勝者と、今年6月の全日本選抜選手権優勝者が異なったため、その階級の最終選考会として開催。そのなかで、もっとも注目を集めた女子57キロ級では、川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)が伊調馨(ALSOK)を破って代表に決定した。



川井梨紗子(左)が伊調馨(右)を破って世界選手権の切符を獲得

 全日本選手権を制した、オリンピック4連覇中の伊調。全日本選抜選手権を制した、リオデジャネイロオリンピックと世界選手権を合わせて3連覇中の川井。両雄の最終決着は、試合数日前から新聞や雑誌、テレビが特集を組み、日本テレビでは9時間半に及ぶ歌番組のなかで異例の生中継を行なうほどの過熱ぶりだった。

 第1ピリオドは川井の消極性からアクティビティタイムで伊調が1ポイント獲得したものの、第2ピリオドは川井が同じ展開で1ポイント奪い、試合は1−1の同点。その後、グラウンドの攻防で川井が2ポイント、伊調が1ポイントを上げて、ラスト1分で3−2となった。

 そして残り6秒、伊調が片足タックルを決めて川井を場外へ出すも、1ポイントしか奪えず。スコアは3−3の同点となったが、ビッグポイント(※)を上げた川井が死闘を制し、世界選手権の代表権を勝ち取った。

※同点となった場合、ビッグポイントの多い選手→警告が少ない選手→ラストポイントを獲った選手、の順で勝ちとなる。今回は川井が1点+2点の3点、伊調が1点+1点+1点の3点のため、よりビッグな2点を獲っている川井の勝ち。

 6月の全日本選抜選手権と、今回のプレーオフ。この2大会を制した川井は、「気持ちで負けず、勇気を持って攻め込んだ」と死闘を振り返った。

 両試合とも、川井は序盤からフェイントを多用し、何度もタックルに入った。鉄壁のディフェンスを誇り、世界ナンバー1のカウンター攻撃を武器とする伊調の懐(ふところ)に入っていくのは、さぞかし怖かっただろう。片足を取って高く持ち上げても、抜群のバランス感覚で足腰や体幹の強さを発揮する伊調を崩せない。それでも、川井は攻めて、第2ピリオドにポイントを奪って逆転した。

 逆転したあとは、残り時間と得点差を冷静に判断したに違いない。全日本選抜では「終盤で逃げ続けて警告を取られても、1点差で勝ち切れる」。プレーオフでは「ラストで場外へ出されても、バックを取られずテイクダウンされなければ、同点で勝てる」。

 伊調との対決を避けて、リオデジャネイロオリンピックでは階級アップせざるを得なかった。川井はその雪辱を果たすとともに、東京オリンピックの代表権を力強くたぐり寄せた。

 試合後、伊調が「梨紗子が強かった」と認めたとおり、川井には接戦をモノにする力があった。3歳下の妹・友香子(62キロ級/至学館大)と一緒にオリンピックに出場する、という川井の執念はすさまじかった。

 一方、伊調は試合後の会見で涙を抑えながら、「”自分が弱かった”とは言いたくない。それでも、悔いはない。やるだけのことはやった。ギリギリの勝負を望んで、復帰した。挑戦できた」と言い切った。

 だが、会見場から離れたところでは、姉・千春に「悔しい」と告げていた。

 伊調サイドとしては、全日本選抜に続き、今回も後味の悪い試合となったことだろう。自分が相手の足首や手首を取り、コントロールして返してもポイントが認められない。グラウンドで技を仕掛けにいって、「さぁ、ここから!」という時に膠着状態と見なされ、レフェリーがホイッスルを吹いてブレイクさせる。

「何点獲ったら勝てるのか。なぜ、続けさせてくれないのか」

 納得のいかない伊調は試合中、何度も首をかしげた。

 セコンドも審判団にアピールした。「笛が早過ぎる!」「もっとちゃんと見ろよ」。

 彼らが発した言葉はレフェリーへの暴言と見なされ、全日本選抜では大橋正教ALSOK監督にイエローカードが出され、プレーオフでは田南部力コーチが退場となった。

 田南部コーチは「あれじゃ、選手は心が折れる。集中力どころじゃない」と言ったが、伊調はコーチがマットから退かされると、闘争心に火をつけて猛攻に転じた。しかし、時すでに遅し。逆転はならず、東京オリンピックへの道は遠のいた。

 大会前、姉は「勝っても負けても、馨が心から”ありがとう”と言える試合をしてもらいたい」と語っていたが、最後まで妹からその言葉は出なかった。

 全日本選抜後、姉は小さな子どもを連れて青森から上京し、妹を支え続けた。

「何かしてやりたいけど、ずっとできなかった。そんな無力のままでいるのは嫌だったから、馨の側についていてあげて、食事や洗濯をしました。レスリングのアドバイスはできないですけど」

 試合直前、マットに上がる妹に、姉は観客席から声をかけた。

 たったひと言。「みんないるよ!」。

 試合後、家族や友人、ALSOKの仲間が待つスタンドに上がってきた伊調に、姉は必死に涙をこらえ、声をかけた。

「この1年、よくがんばった。カッコよかったよ」

 9月にカザフスタンで行なわれる世界選手権で川井が6位以上となれば、日本は女子57キロ級の東京オリンピック出場権獲得となる。そしてメダルを獲得できれば、川井が東京オリンピック代表に内定する。

 ただ、現役世界チャンピオンの姉・梨紗子と比べ、妹・友香子が世界選手権でメダルを逃す確率は決して低くない。記者から「その場合、62キロ級へ転向してオリンピックを目指すか」と質問された伊調は、「考えていません。今は(57キロ級で)待つ身」と答えた。

 可能性は、限りなく低いかもしれない。それでも、前人未到のオリンピック5連覇を目指す伊調の戦いは、まだ終わっていない。