今年の夏に初采配を振るう新人監督のなかでは、間違いなく”大物”の部類に入る。その人物こそ、…

 今年の夏に初采配を振るう新人監督のなかでは、間違いなく”大物”の部類に入る。その人物こそ、100回を超える夏の選手権大会において、最も劇的な本塁打を放ったと言っても過言ではない副島浩史だ。

 副島は佐賀北の主力として2007年の甲子園に臨み、準決勝までに2本塁打。決勝でも野村祐輔(現・広島)、小林誠司(現・巨人)のバッテリー擁する広陵(広島)に対し、4点ビハインドの8回、副島が起死回生の満塁本塁打を放ち逆転。戦前の下馬評を覆し、佐賀北に初となる深紅の優勝旗をたぐり寄せた。



昨年11月に唐津工の監督に就任した副島浩史氏

 その副島がこの夏、唐津工(佐賀)の監督として采配を振るうことになった。

 副島は佐賀北を卒業後、福岡大に進学。3年秋には本塁打、打点のタイトルを獲得してベストナインに選出されるなど、九州六大学リーグを代表する強打者として活躍。大学卒業後の進路として、社会人野球に進む道も残されていたが、迷った末に地元の佐賀銀行に就職し、軟式野球部に所属した。

 しかし、佐賀北でチームメイトだった久保貴大(現・佐賀北監督)が社会人野球を引退し、大学院に通いなおして高校野球の指導者を目指すことを知った副島は、なかば衝動的に銀行を退職。その後は佐賀県内の支援学校で講師を務めるかたわら、教員採用試験を受け、4度目の挑戦で合格を果たした。そして昨年の春、唐津工に赴任して野球部副部長となり、11月から監督として指揮を執ることになった。

 就任にあたって副島は、全部員に「チームへの貢献」を求めた。先日、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を交わした北方悠誠や、昨年の甲子園で春夏連覇を果たした大阪桐蔭のエース・柿木蓮(現・日本ハム)を輩出した土地とあって、能力の高い選手が揃う。ただ、個の力が強すぎるあまり、なかなか束になれないという欠点もあった。

「自分は守備、自分は打撃、または代打、代走……別にプレーしていなくてもバット引きやボールボーイなど、なんでもいい。なんらかの形でチームに貢献しているという実感を持たせたいのです。ウチは工業高校なので、卒業後は就職する子が多い。すぐ会社に貢献するためにも、今からそういう力を養っておいたほうがいいと思うんです」

 新人監督として試行錯誤を繰り返していくなかで、副島のチームは数々の奇跡を起こした2007年の佐賀北のスタイルに近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づいている印象を受ける。監督として初めて公式戦の指揮を執った今年の春以降、とくにその色合いが濃くなってきたのではないかと感じる。

 春季大会では初戦で致遠館に7対5で勝利し、2回戦で佐賀工に4対6と競り負けた。公式戦初勝利を挙げたが、監督として采配することの難しさも痛感した。

 とくに初戦の8回。同点で迎えた一死一、三塁の場面で、打席には4番の池田光が入った。ここで副島は迷うことなくスクイズのサインを送った。池田は犠打の成功率が高く、練習試合でもバントの失敗がほとんどない。しかも、もともと4番にはエースの本村光希が入っているが、この試合は故障で離脱のため池田が”代行”として4番に入っていた。

 ただ、バントがうまいとはいえ、チーム一の勝負強さとバンチ力を秘めた池田にもプライドがある。迷いを抱えたままサインに従ったが、空振りしてスクイズは失敗に終わった。チームはここから粘りを発揮して2点を奪い試合に勝利したが、副島の胸中は複雑だった。試合を観戦していた恩師である佐賀北の前監督・百崎敏克は試合後、こう副島に語りかけた。

「まずは勝ててよかった。あそこのスクイズは難しかったよな。勉強になったやんか」

 スクイズを外された瞬間、副島の脳裏に浮かんだのは、2007年夏の甲子園準々決勝の帝京戦だった。

 3対3で迎えた9回裏、佐賀北は一死満塁のチャンスで4番の市丸大介が打席に入った。ここで百崎は2球目にスクイズのサインを送ったが、市丸は空振り。結局、サヨナラの好機を逃し、試合は延長戦に突入した。

「4番で捕手。それにバントもうまい。すべてが酷似していますよね。試合後、池田に確認したんです。『あそこでスクイズのサインが出ると思ったか?』と。そしたら本人は『いいえ、打つ気満々でした』と言うんです。スクイズで点が取れると思っていたベンチと、スクイズを想定していなかった選手……そもそも意思の疎通ができていなかった。

 帝京戦の市丸も打つ気満々で打席に入っている。そこでスクイズのサインが出るなんて、僕たちも予想していなかった。その時点で監督と選手の意思はかみ合っていない。百崎先生もそれを大舞台で経験されている。意志の疎通は難しいなと、あらためて思い知らされた気がしました」

 現在、チームは複数の投手を準備して夏を迎えようとしている。右の本村は組み立てがうまく、テンポのよさを生かした投球術はなかなかのものだ。一方、左の野中浩靖は130キロ超のストレートを軸に、力で勝負できるタイプ。ボールの回転が独特で、捉えられてもなかなか芯を食わない。

「投手については専門外なので、指導しても説得力がありません」と言う副島だが、SNSや専門サイトに登録するなど、情報化社会の利点を最大限生かし、投手指導に向き合っている。

 左右の投手を揃え、試合展開に応じて自在に継投していくパターンは、まさに全国の頂点に立ったあの夏の佐賀北と同じだ。

「そうですね。やってきたことが染みついちゃっているのかな(笑)。でも、今の時代は継投が主流ですから。ウチも左と右がいるので、うまくつないでいけたら相手も嫌でしょう」

 また副島は春の大会で敗退したあと、初めて男子マネージャーをベンチに置いた。冬の間から候補者を密かに絞り込んでいたという副島は、迷うことなく春季大会では16番を背負っていた前田諒を指名した。マネージャーというのは選手側の立場はもちろん、指導者側の立場にも立たなければいけない難しいポジションで、誰でも務まるわけではない。

「前田はチームで一番賢い。見る目もあり、理解力、影響力もある。目配り、気配りが申し分なく、あいつの言うことは主将より影響力がある。それこそ、僕が求めるマネージャー像なんです。まさに佐賀北時代の真崎貴史(現・杵島商監督)の姿ですよね。僕らにとって、試合に集中できる環境を全力で整えてくれた真崎の存在がどれほど心強かったか。だから、このチームもそういう存在が必要だと思った。もう前田以上の存在はいなかった」

 まもなく、監督として初めての夏を迎える。唐津工の選手たちをどのようにリードしていくのだろうか。

「”唐津くんち”で有名な土地柄ですから、やっぱり”くんち気質”なんです。いざとなると、なんでもありというか、ブレーキが効かなくなっちゃう。なかには自分で線引きができない子もいます。ただ、それがいい方向に出ることもある。試合でもいざ火がついてしまえば、どんな相手にも臆することなく向かっていくし、あっという間にビッグイニングになることもある。そこは佐賀北とまるでカラーが違うし、面白いところでもあります」

 奇跡の夏から12年。この夏、唐津工はどんな戦いを見せてくれるのだろうか。甲子園で史上最大級のミラクルを起こした男の采配に注目したい。