【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(4) リリーフから再転向し、今年は先発で”奮投̶…
【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(4)
リリーフから再転向し、今年は先発で”奮投”するオリックス・山本由伸。高卒1年目から一軍で先発登板を果たした逸材だが、2年目の昨季は7月末に登録を抹消されている。最短10日で復帰したように、疲労を取り除くことが抹消の理由と報じられていたが、実質、故障を未然に防いだとも言えるこの措置。現場ではどんな判断がなされたのか。投手コーチの平井正史に聞いた。

ケガをすることはすべてマイナスではないと語るオリックス平井正史コーチ
「山本の場合、入団当初から『故障させないことが第一』と考えて接してきました。投げ方もそう、投げる量もそう、これから先、コーチとしてできることはしてあげたいなと。去年抹消したのも『故障させる前に……』ということです。試合中、ブルペンにいると使いたくなってしまう、というのもありました。本人は『落ちるのは嫌だ』って言っていましたが、彼の将来を考えると、リフレッシュさせるのも大事だと判断しました」
昨年、54試合に救援登板した山本は、抹消された時点で39試合に投げていた。チームはその時点で81試合を消化していたが、山本自身の登録は69試合だったから、そのうちの39試合と考えればかなり多い。かねてから平井が求める「投げたがり」のひとりでもあり、チームとしてブレーキをかけないといけない状態だったのだ。
「もちろん、ブレーキが必要なのは山本だけじゃありません。シーズンを戦っていくなかで、本当に『こいつに抜けられると困る』というピッチャーに無理をさせたらダメですし、プロ野球選手は一人ひとりが個人事業主であって、ベンチも故障させるために使っているわけではありません。故障の前に気づいてあげる。それはコーチとして大事な仕事のひとつです」
平井自身、オリックスでの現役時代に右ひじを故障し、手術した経験を持つ。その後、中日へ移籍した2003年、開幕当初からリリーフで登板していたが、5月下旬から先発に転向。これが功を奏して12勝6敗と好成績を残し、同年のカムバック賞を受賞した。
「ちょうどひじが疲れてきた頃に先発ローテーションに回してもらったんで、それがよかったですね」と振り返る平井だが、この転向に加え、故障から復調した経験は、投手を指導する上で貴重な財産になっている。
「いい経験と悪い経験、僕には両方あるんですけどね。ただ、やはり、手術して自分のひじのことはよく考えるようになりましたし、逆に『ここまではできる』っていう、自分でも線引きができたんです。それができてからは、ケガをすることがすべてマイナスかというと、そうでもないのかなと。
そういう意味では今、選手に対して過保護にしないよう心がけています。でないと、本当はまだいけるのに、半分ぐらいで『ちょっともうやめましょうか』って、選手が自分から終わりにしてしまう。すると、その後のケアも疎かになっていくという傾向もあるんです。だから、ケガをした時ほどチャンスと思って、しっかり走り込んで『もう1回、下半身からつくり直してこい』と言いたいですよね」
ケガを未然に防ぐためのブレーキは、監督・コーチにもかけられる。しかし、ここまではできる、という線引きには選手自身で気づくことが求められる。線引きはリミッターのようなもので、リミッターを外すところまでいって初めて成長がある、ということか。
「結局、プロの世界はケガを怖がっていたら、それ以上はできないということです。そのリミッターがあるとするならば、リミッターの基準値を自分でどうやって高めていくか。そこでギリギリのところまでいかないと、自分の限界はなかなか超えられないですから。とくに、フォームを自分のものにするためには、球数を投げなきゃわからない。根気強く、自分のフォームを追求していくとなれば、限界まで球数を投げるだろうし、そういう選手が一軍で結果を残せると思うので……」
平井が一貫して強調するのが、フォームづくりの大切さである。その点、毎年のようにフォームが変わる投手がいる。変えたことによる成果は別にして、考えて、変えるだけの根気がある証なのだそうだ。ただ、平井自身、投手のフォームに関して気になっていることがあるという。
「最近、うちのブルペンで気づいたのが、結果よりもフォームを気にする選手が多い、ということです。試合で出ていって打たれたとき、『調子が悪いから打たれました』とか、『フォームが崩れて、コントロールが甘くなって打たれました』とか。言いたいことはわかるんですけど、プロ野球はそっちじゃなくて、まず結果を見ないと。
極端な話、ど真ん中でも抑えればいいわけで、クソボール球でも振ってくれたらストライクですし、それが野球というものなんです。自分を苦しめるんじゃなくて、ただバッターを打ち取る、アウトを取る、ということを、もう少し単純に考えてもいいのかなと」
自らの判断で、自身の限界まで挑まずに練習を終える選手。結果が悪かった原因から、勝負を切り離してしまう選手。平井の現役時代にはまず考えられなかったような選手が存在する今、野球を難しく考えて、かえってうまくいかなくなっているのだろうか。
「そのとおりだと思います。アウトローに決まらないと抑えられない、ということはないんですよ。”失投”という言葉ひとつにしても、打たれたから”失投”であって、打たれなかったら”失投”じゃないんです。この話はよく選手に言っていますね」
ある意味では、言葉=野球慣用句に縛られている部分もありそうだ。一方でこれは、今どきの選手がITによって多量の情報、知識を得ている事実とも無縁ではないのかもしれない。
「今はツールがいっぱいあるので、先に情報、知識が入ってくる。オフに野球教室に参加したりすると、小学生でもすごい知識を持っていることがわかります。ただ、ツールで入ってきた知識というのは、そこで発信する人が言っていることでしかなくて、自分自身で実行したことではありません。だから僕が言いたいのは、自分で知識を得たなら『まずそのとおりにやってみなさい』ですね」
ある野球教室で、かの有名なメジャーリーガーの”走り込み不要論”を鵜呑みにした小学生から「ピッチャーは走らなくてもいいんですか?」と質問が飛んできた。平井はすぐさま「いやいや。じゃあ、キミは今、そのメジャーリーガーと同じようなピッチングができるの?」と答え、「走り込みが不要なわけではなく、腕を強く振れる体を身に付けるために、その土台の下半身を強くつくることは大切だよね。野球選手としてだけではなく、アスリートとしての体づくりが必要なんだよ」と諭した。
「いっぱい情報があって、知識豊富なのは悪いことではありません。そのなかで自分にとって必要なものは何か、不要なものは何かを考えてやらないといけない。『あっちではこう言っています。こっちではこう言っています。どっちがいいんですか?』って、もしも選手に聞かれたとしたら、『両方やってみいや』って、僕は答えますね。そのほうが選手自身のためになると思いますから」
つづく
(=敬称略)