アリス・クーパーの曲に「ノー・モア・ミスター・ナイスガイ」という有名なヒットチューンがある。 人に舐められるような好人物でいるのはもうたくさんだ、という意思表示や状況を表わす時に引用されることが多い曲で、バレンティーノ・ロッシの自叙伝…

 アリス・クーパーの曲に「ノー・モア・ミスター・ナイスガイ」という有名なヒットチューンがある。

 人に舐められるような好人物でいるのはもうたくさんだ、という意思表示や状況を表わす時に引用されることが多い曲で、バレンティーノ・ロッシの自叙伝でも、彼がある決意をする際に、このタイトルが引き合いに出されている。



ダニロ・ペトルッチ(左から2番目)の初優勝をみんなが表彰台で祝福した

 MotoGPを含むあらゆるスポーツでは、正直で素直すぎる性格だと競争相手との駆け引きでワリを食ってしまうため、トップレベルの選手たちは必ずと言っていいほど、何らかの意味で自己中心的になっていくものだ。

 そんななかで、珍しいほど人の好い性格の選手が、第6戦・イタリアGPでキャリア初優勝を果たした。今年からドゥカティファクトリーに加入したダニロ・ペトルッチ(ミッション・ウィナウ・ドゥカティ)が、その「ミスター・ナイスガイ」だ。

 ファクトリー選手といっても、ペトルッチはけっして華々しい経歴やスター性のある人物ではない。

 MotoGPのパドックに登場したのは2012年。この当時、不況の影響などで参戦台数は減少傾向にあり、その対策として「CRT(クレーミング・ルール・チーム)」という制度が編み出された。オリジナルフレームに量産車ベースのエンジンを搭載したマシンでもエントリーを可能にする、という苦肉の策で、そんなCRT陣営のとあるチームのライダーに採用されたのが、そもそもの参戦のきっかけだ。

 数年後にCRTという制度は消滅し、ペトルッチはドゥカティのサテライトチームへ移籍。ファクトリー用の最新パーツを実戦開発する役割を担いながら、今季は単年度契約でアンドレア・ドヴィツィオーゾのチームメイトとして、ついにファクトリーライダーの座を射止めた。

 これまでにも何度か表彰台経験はあるものの、ペトルッチはけっしてチャンピオン候補というほどの選手ではない。そのために、ファクトリーの命運を左右するライダーとしての資質を疑問視する声も少なからずあった。また、来年は他の選手にシートを奪われるのではないかという噂は、今回のレースウィークにも一部で囁かれていた。

 しかし、チームメイトのドヴィツィオーゾ、そしてランキング首位の世界王者マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)と互角以上のバトルを演じ、最後にわずかな隙を突いて彼らの前に出て抑えきったペトルッチは、そのような批判を自らのイタリアGP優勝でねじ伏せた格好だ。

 レース展開は、名勝負と呼ぶにふさわしい内容で、優勝の瞬間は、ドゥカティのピットボックスではチームマネージャーのジジ・ダッリーニャをはじめとする首脳陣が、まさに狂喜乱舞といった様相を呈していた。イタリアGPで苦労人のイタリア人選手が、イタリア製バイクで初優勝を勝ち取ったのだ。もちろん、満場の観客も大喜びである。

 優勝後にペトルッチは「最終ラップに誰かが仕掛けてくると思ったら、まさにそのとおりの展開になった」と、この日のレースを振り返った。

「1コーナーで、マルクとアンドレアが(自分の後方から)スリップストリームを使って、ふたりとも抜きにかかってきた。このままだと3位か4位になってしまうと思ったけど、ふたりが少しワイドにはらんでインを突けそうだったので、そこを狙った。(インを突いたときに)アンドレアにバイクを引き起こさせてしまったのは申し訳なかったけど、今日は初優勝の大きなチャンスだと思ったので、最終ラップはがんばったんだ」

 妙に謙虚さを感じさせるこんなコメントからも、彼の人の好さの一端が垣間見える。そしてペトルッチは、さらに「この勝利はチームメイトのアンドレアに捧げたい」と続けた。

「開幕前から、我が子というか、弟のように扱ってくれた。子どもにしては体格がでかいけどね」と笑いを取りながら、ともにトレーニングに取り組み、心身ともに鍛えてくれたことへの感謝を表した。ファクトリーライダーにふさわしくないという口さがない外野の批判は、当人の耳にも届いていたようだが、精神的に吹っ切るきっかけを与えてくれたのもドヴィツィオーゾだった、と明かした。

「過去には、自分には(プロフェッショナルライダーは)向いていないのでもうやめようと思ったことが何度もあった。今年の序盤も、単年契約なので自分にプレッシャーをかけすぎて、序盤数戦はあまりいい成績ではなかった。

 その時に、アンドレアが『将来のことを考えず、今のことに集中しろ』と助言をくれたんだ。『今、自分がやっていることを愉しみ、自分の長所を活かしてがんばれ』ってね。そこで、第4戦から『今年一年、十分にがんばれば、それでいい。このバイクで勝てないのなら、どんなバイクでもきっと勝てないだろう。だとすれば、自分は向いていないということだ』と考えるようになったんだ」

 今回のレースを2位で終わったマルケスと3位のドヴィツィオーゾも、それぞれのレース展開を振り返ったあとに、自らペトルッチの優勝に言及して、「今日はダニロがレースを終始リードしていて、とても速かった。あれなら勝って当然だよ」(マルケス)、「ダニロはすごくがんばってきたから、彼の優勝はとてもうれしい」(ドヴィツィオーゾ)と彼を称え、祝福した。

 2012年に初めてムジェロのホームグランプリに臨んだ時は最後尾からのスタートだったライダーが、7年の歳月を経て、誰よりも速くチェッカーフラッグを受け、表彰台の頂点に立った。今年のイタリアGPは、「ミスター・ナイスガイ」の優勝が周囲の人々にも笑顔をもたらす、そんな一日になった。