弾ける笑顔が、会心の勝利を物語っていた。「うれしいです。自分の持っているダイナミックさを、スピードとボルダリングで出せました。自信を取り戻せましたね」 スポーツクライミングの「第2回コンバインド・ジャパンカップ」が、5月25日、26日に愛…

 弾ける笑顔が、会心の勝利を物語っていた。

「うれしいです。自分の持っているダイナミックさを、スピードとボルダリングで出せました。自信を取り戻せましたね」

 スポーツクライミングの「第2回コンバインド・ジャパンカップ」が、5月25日、26日に愛媛県西条市で開催された。今年8月に行なわれる世界選手権への代表選考が、今大会の結果によって決まる--。大きなプレッシャーが圧しかかるなか、男子で2連覇を達成した楢﨑智亜とともに、野中生萌は表彰台の真ん中に立って大輪の笑顔を咲かせた。



世界選手権に向けて順調な仕上がりを見せた野中生萌

 例年はスロースターターの野中だが、今季は1月の「ボルダリング・ジャパンカップ」、2月の「スピード・ジャパンカップ」で優勝。東京五輪の出場権がかかる重要なシーズンに、好スタートを切った。

 しかし、3月に左肩を故障したため、4月から始まったW杯ボルダリングへの出場を見送り、リハビリに専念。5月から競技に復帰したばかりだったが、そのなかで手にした勝利を、「久しぶりの感覚ですね」と懐かしんだ。

「スピード」「ボルダリング」「リード」の3種目の複合成績で争われるコンバインドは、各種目の順位を掛け算して算出する合計点が少ないほど上位になる。そのため、得意種目でしっかりと1位ポイントを獲得できるかが、勝敗の大きな分岐点だ。

 今大会、野中は初日の予選を首位で通過すると、8名で争う決勝でも圧巻のパフォーマンスを見せた。結果は、スピード1位×ボルダー1位×リード7位の7ポイント。ほかの選手の追随を許さない展開に持ち込み、勝利を手繰り寄せた。

 野中のスピードの実力は、単種目のスペシャリストには1秒ほど及ばないものの、コンバインドで五輪出場を狙う各国選手のなかでは、頭ひとつ抜け出ている。今大会の予選で自己記録を8秒499まで伸ばしているが、コンスタントに8秒台を出せる強みを持つ。

 そして、野中のもうひとつの武器が、昨年はW杯で年間女王になったボルダリングだ。この大会では、そのボルダリングが勝敗を大きく分けることになった。

 1課題目は、ゴール獲りで足を滑らせて危うく落ちかけながらも、粘って1アテンプト(※)目で完登(課題を登り切ること)。2課題目は完登できなかったものの、3課題目も1アテンプトで完登に持ち込み、この種目の1位を決めた。

※スタートを切ること。完登数が同じ場合は、完登した課題のアテンプト数が少ない選手が成績上位となる。

 野中も「ボルダーで1位になったのが勝因」と振り返ったのは、W杯ボルダリングで通算21度の優勝回数を誇り、今なお世界トップレベルの実力を誇る野口啓代の存在があるからだ。

 この大会での野口は、予選最初の種目のスピードで9秒452の自己ベストをマークして幸先のいいスタートを切りながらも、その波に乗り切れずに予選は4位通過。決勝ではスピード3位×ボルダリング2位×リード2位の12ポイントで、総合2位で終えた。ボルダリングの取りこぼしが響いて野中の後塵を拝したことが、「タイトルにはこだわりたい」という決意を実現できなかった敗因だった。

 ただ、この結果は、8月に控える大舞台への試金石に過ぎない。

 東京五輪には、国際スポーツクライミング連盟が指定する大会で条件をクリアした選手に出場の権利が与えられ、各国とも男女それぞれ最大2名までが出場することできる。強豪国の日本からは、2名以上が五輪への出場権を手にする可能性が高い。

 日本山岳・スポーツクライミング協会は、今年8月に東京八王子市で開催される世界選手権で7位以内になり、なおかつ日本人選手のなかで最上位になった1名を内定。もう1枠はすべての指定大会の終了後に、五輪出場への権利を手にする選手が複数の場合は、来年5月のコンバインド・ジャパンカップで決定することを発表している。

 その世界選手権に出場する日本代表メンバーには、男子は今大会の予選通過時に世界選手権代表の条件をクリアした五輪強化Sランク選手・楢﨑智亜、原田海(今大会2位)、藤井快(こころ/同3位)、楢﨑明智(同6位)と、それ以外で最上位となった土肥圭太。女子ではSランクの野中、野口のほかに、森秋彩(あい/同3位)、谷井菜月(同4位)、倉菜々子(同5位)が内定した。

 世界選手権の出場権がかかった最初のふるいを突破した選手たちが次に挑むのは、世界選手権コンバインドでの日本人選手・最上位だ。

「僅差の争いになると思うので、私にとっても、ほかの日本人にとっても、厳しい世界選手権の1枠だなと思っています。今年8月に代表を決めるのと、来年5月に決めるのとでは、時間の過ごし方が変わってくるので」

 そう語る野口は、すでに次を見据えて気持ちを切り替えている。

 課題と言われてきたスピードで、野口はコンスタントに9秒台をマークするまで力を高めてきた。この大会で手にした収穫と新たな課題をもとに、世界選手権での五輪代表内定を目指し、ここからの3カ月でのレベルアップを誓った。

 もちろん、それは野中も同じだろう。彼女の気持ちが向かっているのは、6月7日、8日に行なわれるボルダリングW杯の今季最終戦、アメリカ・ベイル大会だ。

「まずはベイル大会ですね。ヤーニャ(・ガンブレット)がすごいことになっているので。開幕から5連勝のヤーニャを止めたいというより、彼女とハイレベルなボルダリングを楽しみたいです。そこからは、世界選手権に向けてのトレーニングになりますね」

 W杯ボルダリングに1戦しか出場できていない野中にとって、ヤーニャ・ガンブレットとの勝負は、故障から復帰してコンディションも高まっているなか、今の実力を試す場でもある。

 野中のクライミングを担当する宮澤克明コーチは、次のように明かす。

「ボルダリングの難しい課題は、正しいフォームで登れないようにしてくる。変な方向に身体が入ると登れないし、それを跳ね返すくらいのフィジカルの強さと、正しい動きが大切になってくる。そこを高めていけば、ボルダリングの練習しかしなくても、スピードはもっと速くなるし、リードもさらに伸びます」

 世界トップレベルの選手が数多い日本のなかで、東京五輪の日本代表の座を勝ち取るのは至難の業だ。野中、野口に限らず、世界選手権コンバインドでの日本人最上位に向けて、代表選手たちはすでに動き出している。8月に大輪の花を咲かせるために--。