日本を本拠地とするスーパーラグビーチーム「サンウルブズ」は、3月29日にアウェーで2勝を挙げたのち、その後5連敗と苦しんでいる。1週間のBYEウィーク(お休みの週)を挟み、5月25日、オーストラリアの強豪レベルズを秩父宮ラグビー場に迎えた。

 真夏を思わせるような暑さの影響もあり、試合は両者ともにミスが目立った。プレーオフ進出争いを演じている好調なチームを相手に、サンウルブズは決定力を欠く。結果、7-52で敗れた。



今季サンウルブズのSHとして安定したプレーを見せている茂野海人

 ただ、その炎天下のなか、奮闘を見せた選手もいる。開幕からサンウルブズで日本人最多の9試合に出場している、SH(スクラムハーフ)茂野海人(トヨタ自動車)だ。

 28歳の茂野は、自分から仕掛けるランが持ち味。しかし、攻守においてチーム全体が波に乗れず、なかなか茂野の持ち味は発揮できなかった。試合前、「スペースがあれば自分から仕掛けたい」と語っていたものの、レベルズに押し切られてしまった。

 そのレベルズのSHは、オーストラリア代表100キャップを誇るウィル・ゲニア。「うまい選手なので、彼からプレッシャーはかけられていた。彼はプレッシャーのなかでもいい動きをしていたので、そこは見習う部分です」。世界的な選手と対峙して、感じることも多かったようだ。

 9月に開幕するラグビーワールドカップに向けて、SHのポジション争いはファンが注視するポイントのひとつだろう。現在、日本代表を率いるジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)から信頼が厚いのは、日本人初のスーパーラグビー選手である田中史朗(キヤノン)と、リーダーシップに長けた流大(ながれ・ゆたか/サントリー)のふたりだ。

 ワールドカップの最終スコッドは31名。3人目のSHは誰になるのか--。2015年のワールドカップを経験している日和佐篤(神戸製鋼)、ランに長けた内田啓介(パナソニック)などライバルの多いなか、茂野は一歩リードしていると思われる。

 大阪生まれの茂野は、岬ラグビースポーツ少年団に所属していた兄・WTB(ウイング)洸気(こうき/NTTドコモ)の影響で、小学校3年時から競技を始めた。その後、江の川高校(現・石見智翠館)を経て大東文化大では主将を務め、大学卒業後にNECに入団。2015年には社内の留学生制度でニュージーランドにわたった。

 ニュージーランドで所属したのは、名門チームのポンソビークラブ。茂野は一軍の選手として活躍し、ニュージーランド国内のプロリーグITMカップ(現Mitre10カップ)でオークランド代表にも名を連ねた。

 ニュージーランでもとくにレベルの高いオークランド代表で、茂野は定位置を確保。カンタベリー代表とのITMカップ決勝戦にも先発を果たした。決勝の舞台に立ったのは、茂野が日本人初。ニュージーランドでプレーしたことのある田中もHO(フッカー)堀江翔らも経験していない快挙だ。

「ラグビー王国」で徐々に頭角を現すことに成功した茂野は、現在オールブラックスの主力となっている若手などと研鑽を積んできた。当時のことを茂野は、「球さばきも、フィジカルも、日本とは違いました」と振り返る。

 2016年、スーパーラグビー参入1年目のサンウルブズを率いることになったのは、ニュージーランド人指揮官のマーク・ハメットHC。彼からすれば、母国で出色の出来を見せている日本人選手を呼ばない理由はなかった。

 サンウルブズに呼ばれた茂野は、スーパーラグビー11試合に出場。その後、日本代表に選出された。同年6月、スコットランド代表戦で挙げた茂野のトライは、ワールドラグビーの「ベストトライ」にもノミネートされたほどだった。

 2017年、代表でもNECでもチームメイトだったSO(スタンドオフ)田村優がキヤノンに移籍したこともあり、自身もNECからトヨタ自動車に移籍を決断する。ところが、リーグの規定上必要な移籍承諾書が発行されず、2017年度はトップリーグでプレーすることは叶わなかった。その結果、2016年秋からジョセフHCが日本代表を率いることになったが、茂野は桜のジャージーから遠ざかることになった。

「しんどかった。だが、成長できた。貴重な経験でした」。茂野は当時の心境をこう語っている。

 2018年に入ると、トヨタ自動車での活躍が認められて、日本代表候補を育成するNDS(ナショナルディベロップメント)合宿に呼ばれた。その後、サンウルブズにも追加招集され、同年11月にはロシア代表戦で2016年6月以来となる日本代表キャップを得ることに成功する。

 そして2019年、茂野は「フミさん(田中)やユタカ(流大)とは経験の差がある。ゲームタイムがほしい」と希望し、サンウルブズの中心選手として自らを高めてきた。「スーパーラグビーでコンタクト慣れしてきたので、ディフェンス面ではそういったところを見てほしい。ボールを持って走るなど、他の(ライバル)SHと違うプレーをしていきたい」。

 ワールドカップに向けて、6月から宮崎で合宿を張る日本代表メンバーに残れるかどうかは、まだわからない。だが、スーパーラグビーで安定したパフォーマンスを出していた選手を招集しないことはないはずだ。紆余曲折、そして喜怒哀楽のあった4年間だったが、茂野はその想いのすべてをワールドカップにぶつけようとしている。