写真:木原美悠/撮影:伊藤圭

新元号に移り変わった5月1日。自身のSNSで令和時代の活躍を誓った卓球少女がいる。JOCエリートアカデミー所属の木原美悠(きはらみゆう・14歳)だ。木原は今年1月に行われた平成最後の全日本選手権で、一気にその存在を世に知らしめた。

1月18日、日本女子卓球の看板役者、平野美宇が5回戦で姿を消した瞬間、全日本選手権の会場がどよめいた。コートに対峙した木原がまだ14歳の中学生とあって、そのどよめきはさらに大きなものになった。大番狂わせを起こした“シンデレラガール”は勢いそのままにトーナメント表を駆け上がった。決勝戦こそ伊藤美誠の前に散ったが、木原の名は卓球ファンのみならずメディアを通じて日本中に知れ渡った。

「シンデレラガール誕生」「女子版・張本誕生」と一躍湧いた卓球界の中にあって、当の本人は何を思うのか。木原に話を聞いた。

「今日は学校だったんですよ」。取材現場に表れたのはまだあどけなさの残る14歳の少女だった。どんなときもニコニコ、天真爛漫で人見知りとは無縁の様子だ。だが試合に入れば表情は一変、鋭い目つきに早変わりする。木原と出会ったのは原石からダイヤモンドに進化する、その刹那なのかもしれない。

“我慢の卓球”は成長の証




写真:木原美悠/撮影:伊藤圭

全日本選手権のことを聞くと「気づいたら決勝に来てたって感じなんですよ。こんなに試合したっけって?」と飄々としている。

当日、会場を覆っていた、あのどよめきを木原はどんな風に聞いていたのか。「んー、控室でも普通にのんびりしてたから全然意識してなかったですね。でも平野さんとの試合のあとはツイッターにいっぱい連絡来ていてビックリしました」

そもそも木原はどうやって平野を攻略してみせたのか。1ゲーム目こそ取られたものの、そこからは怒涛の4ゲームの連取だった。「1ゲーム目ははっきりと相手の強いところとか弱いところが分からなくて、1ゲーム目で分析して2ゲーム目から相手に苦手なところを結構攻めていったのでそこが一番の勝てた原因かなって。」

だが、木原が印象に残っている試合と振り返るのは準々決勝の佐藤瞳との試合だ。佐藤は後に行われた4月の世界卓球選手権に2種目で出場し、ダブルスでは銅メダルを獲得している世界屈指のカットマンだ。「もともとカットマンは得意でした」と自信を持って臨んだものの、試合はフルゲームまでもつれる展開に。「佐藤さんはあんまりミスしない相手なんでそれよりも自分が粘るというか最後まで『我慢して戦う』ことを意識してました」。

木原にとって、この1年は「我慢」が課題だったった。「それまではちょっと押されてると弱気になっちゃうこともあって。でもJOCエリートアカデミーでコーチにメンタル面をかなり指導されました。コーチからも『諦めたらそこで負けるから。もし諦めなかったらチャンスは絶対あるから』って言われて一回最後まで諦めずにがんばってみようって思って」。JOCエリートアカデミーに入校して、技術だけではなく、精神面で成長した。

佐藤を相手にシーソーゲームが続いたが、木原は冷静だった。「どうやったら勝てるんかなぁってずっと考えてました」。ゲームカウント1―3と後がない状況でも「自分のサーブから相手を崩して、そこからもっと相手を崩すことに意識して結構前後とかも動かしていこう」。虎視眈々と勝機をうかがっていた。

さらにこの試合では珍しい「促進ルール」も適用された。促進ルールとは、ゲームがスタートして10分経ってもそのゲームが終わらず、そして両者の得点の合計が18点に満たない場合に採用される制度だ。試合が長引くことを防ぐためのルールで、ラリーが13往復続いたら自動的にレシーブ側の得点になるシステムだ。佐藤の巧みなカットに木原もツッツキで応戦し、試合を長引かせていく。そうするうちに佐藤は単に木原のミスを待つように粘り続けるわけにはいかなくなったのだ。

「促進ルールは小さい頃に一度経験したことがあって。別に焦りも何もなかったですね」。

フルゲームまでもつれた第7ゲーム。佐藤の打球がアウトになった瞬間。木原が振り向きざまにガッツポーズを決めた。「また木原が勝った」。会場中が木原の「まさか」を信じ始めていた。

立ちはだかった「大魔王」




写真:木原美悠/撮影:伊藤圭

だが、決勝戦に立ちはだかったのが、伊藤美誠だ。中国メディアをして「大魔王」と言わしめた卓球界の千両役者だ。大魔王VSシンデレラガール。奇しくもバック表のスピード卓球という似た戦型の二人が相まみえた。「試合をすればするほど調子はよくなっていきました。決勝まで行ったからには絶対勝ちたかった」と意気込むものの、1ゲーム目から伊藤が存分に強さを見せつけた。

「伊藤選手はすごく頭の回転が速くて自分が何をしてもすぐに対応してくる。やっぱり実力の差を感じました」。緊張していたわけではない、調子もよかった。それでも結果は1―4。世界トップクラスの壁はまだ高かった。

14歳という若さで大舞台で躍動した木原、Tリーグのプレーも大きな糧となっている。木原がファースト・シーズンで所属した木下アビエル神奈川はファイナルこそ破れ優勝を逃したが、Tリーグのシーズンを首位で通過した。

「Tリーグはいい経験でした。卓球台が1台だけで、みんなが私を見ている。そのほうが思い切ってプレーできるし集中できる」とまたも強心臓ぶりを見せつける木原だが、「でも実は…」声を潜めてこう続けた。「たった1試合だけ、手が震えるほど緊張した試合があったんですよ(笑)」。木原はTリーグで何を経験したのか。
(#2に続く)

文:武田鼎(ラリーズ編集部)