全日本選抜柔道体重別選手権(福岡国際センター)の2日目。前日、2016年リオ五輪の100キロ級銅メダリストである羽賀龍之介(旭化成)に敗れた飯田健太郎(国士舘大3年)は、男女の決勝が終わるまで選手席から一歩も動かず、試合を眺めていた。



体重別選手権の100キロ級準決勝で羽賀龍之介に敗れた飯田健太郎

 試合が落ち着いたタイミングで、声を掛けた。

「自分の世界選手権代表は、ないと思います。でも、まだ東京オリンピックをあきらめる段階じゃない。すぐ(4月29日)に全日本選手権もありますから、まずはそこでアピールしたい。昨日の試合後、(国士舘大の)鈴木(桂治)先生からは、『ここで腐っちゃダメだぞ』と言われました」

 飯田が予見したとおり、大会後に行なわれた強化委員会で決まった代表選手に、飯田の名前はなかった。全7階級のうち2階級はふたりの代表が選出されたが、飯田が戦う100キロ級は、ウルフ・アロン(了徳寺学園職員)が選ばれただけ。飯田は補欠に回ることになった。

 柔道関係者の誰もがその才能に惚れ込む大器が飯田だ。

身長は188センチで、試合中は背筋を伸ばし凛とした姿勢で相手に向かっていく。体に柔軟性があり、バランス感覚に秀でていて、簡単には投げられない。そして、内股や俵投げといった大技を得意とする。さらに言えば、この甘いマスクはスター性十分である。足りないのは、日本一、そして世界王者の称号である。

 初めて飯田の柔道を見たのは、彼が高校3年生だった3年前のこの大会だが、現全日本男子チームの井上康生監督や、国士舘大で飯田を指導している鈴木桂治氏、さらに石井慧(現格闘家)といった歴代のトップ選手と同様、10代のうちに国内のトップに上り詰め、そして世界に羽ばたいていくことを予感させた。

 その当時の飯田について、以前、井上監督はこんなことを話してくれた。

「しっかりした技があり、考え方に柔軟性があり、ひとつの形にこだわらず、柔道の面白さを、自分なりに畳の上で表現している。ルックスもいいし、柔道のスタイルもいい。柔道界の顔になっていく逸材ではないかと思います」

 飯田も順調にキャリアを重ねていった。高校2年生で初出場した講道館杯は大学1年生で制し、昨年はアジア大会でのちの世界王者を決勝で下し、さらに今年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでは世界ランク1位の選手を破って優勝する。

 日本男子100キロ級の代表候補は、2017年の世界王者であるウルフが一歩リードしていたが、福岡の地で飯田がウルフに勝利すれば、今年8月下旬に五輪会場である日本武道館で開催される東京世界選手権の代表に決まることが濃厚だった。しかし、飯田はウルフと直接対戦する前段階の準決勝で姿を消してしまう。

 らしくない試合だった。序盤は長い手足を活かし、羽賀の内股を悠々とかわし、飯田のペースで進んだが、ゴールデンスコア(延長)に入ると、羽賀の巴投げにバランスを崩し、一転して守勢が続いた。そして6分27秒、羽賀の内股に体を掬(すく)われ、「技有」。勝負は決した。

 試合後、すぐにミックスゾーンに現れなかったことは、この敗戦のショックの大きさをうかがわせた。ケガで長期離脱していた羽賀と飯田は初対決だった。

「これまで稽古したことはあるんですけど、そこまで激しいのは……。技が先に出せない組み手になってしまって、まったく想定していなかった巴投げを一度受けたところで、相手のペースに巻き込まれてしまった。やりたいことはたくさんあったのに、ほとんど出せないまま終わってしまった。シンプルに力不足、研究不足でした」

 2年前にインタビューした際、飯田は「2020年の東京五輪に出場するためには、その前の年の過ごし方が大事で、東京で開催される世界選手権で結果を残したい」と話していたが、その目標はかなわない。

 敗戦の直後にそのことを問うと、飯田は口を真一文字に閉じ、しばらくしてこう話した。

「ショックは大きいです。正直な気持ち、やり直したい。(今日を?)……はい」

 来年の東京五輪切符を手にするまで、もう飯田に負けは許されない。