甲子園のスコアボードには、投手が1球を投げるたびに球速が表示される。さすがに150キロが出たときにはため息と歓声が混ざったような声が上がるが、近年は、甲子園に登場する投手の球速が上がっており、140キロ後半ではもう観客は驚かない。

 習志野(千葉)と市立和歌山(和歌山)との準々決勝第1試合では、こんな数字が次々に表示された。

 94、92、94、109、92、104、96、107、94、102、95、95、106……。

 念のために書いておくが、単位は「キロ」である。メジャーリーグ中継で見られる「マイル」ではない。

 習志野の先発投手を務めた背番号17、岩沢知幸(3年)は身長173センチ、体重63キロ。選手名鑑によれば、50メートル走は6秒9。遠投は85メートル。どこから見ても甲子園出場の選手としては普通の高校生だ。




2戦連続で先発のマウンドに立った習志野の岩沢

 だが、プロ注目の奥川恭伸(3年)を擁する星稜との2回戦でも、先発マウンドに上がったのは、この岩沢だった。1回3分の2を投げて1失点だったものの、0-1でエースの飯塚脩人(3年)につなぎ、飯塚が7回3分の1を3安打無失点(投球数は96)に抑えて逆転勝ちを呼び込んだ。

 もともと右の上手投げだった岩沢がアンダースローに転向したのは中学2年生の秋。思うような成績を残せない岩沢を見かねた当時の監督からの指示だった。

 腕を下げアンダースローにフォーム改造するにあたって、参考にしたのは元千葉ロッテマリーンズの渡辺俊介だった。しかし、渡辺ほどリリースポイントが低いわけではない。球種はストレートとカーブの2種類。ストレートの最速は116キロだ。おそらく、今大会、「最遅」の先発投手だろう。

 準々決勝で先発のマウンドを任された岩沢は、市立和歌山の一番打者・山野雄也(3年)をセカンドゴロに打ち取ったものの、二番から4連打を浴び3失点。後続をなんとか切ったが、1回表にもらった1点のリードをすぐに吐き出してしまった。

「前の試合に比べれば緊張はなかったんですが、初回につかまってしまって、チームに迷惑をかけて申し訳ないという気持ちでいっぱいです」と岩沢は語った。

 しかし、2回から登板した背番号1の飯塚が好投。8回を投げ、4安打、9奪三振で失点はゼロ。113球という省エネ投球で準決勝進出を決めた。

 2014年4月から秀岳館(熊本)の監督に就任し、4シーズン連続で甲子園に出場。そのうち3度ベスト4進出を果たした鍛治舎巧監督(現・県立岐阜商業)は、投手にこう指導しているという。

「ピッチャーには、『マックスは130キロ台でもいいから、90キロのボールを作れ』と言っています。40キロの差があれば打ち取れるから。マックスを伸ばす練習をしながら、緩急の差を大きくするように」

 また、昨夏の甲子園でベスト4に進出した済美(愛媛)の中矢太監督がエースに求めるのは、強いボールと三振を取ることができる変化球だ。

「ひとつの基準としては140キロを超えるストレート。ノーアウト満塁のピンチになったとき、三振を取れるボール。このふたつがないと、大量失点をしてしまう可能性が高い」

 甲子園での勝利、さらには上位進出を狙う強豪校の監督はおそらく似たような考えだろう。だから、どの高校の投手も球速アップを狙って厳しいトレーニングを行なっている。一方で各校の打者は、140キロを超える速球を打ち崩そうとパワーをつけ、スイングスピードを上げようと打撃練習やウエイトトレーニングに励む。

 そんな高校野球で、ましてや甲子園の準々決勝で見せた岩沢のピッチングは嫌でも目立った。

 100キロ前後の岩沢のボールを打ち崩した市立和歌山打線がその後、最速145キロの飯塚のボールを打ちあぐねたのは、先発投手のボールが「効いた」からだろう。

 岩沢が言う。

「いい流れをつくって、あとの飯塚が投げやすいようにと考えました。リードを保ったまま、もう少し長く投げられればよかったのですが……いつも、相手が飯塚のボールを速く感じるようにと意識はしています」

 2試合連続でエースを途中から登板させた小林徹監督は、試合後に「ピッチャーの心理を考えれば、飯塚に先発させたほうがストレスはなかっただろうと思います。ただ、できるだけ岩沢に投げてもらって、飯塚の投球数を抑えたかった」とコメントした。

 さらに、エースの変化についてこう続けた。

「飯塚はまるで自分がマウンドにいるみたいに、(ベンチから)内野手に指示を出していましたし、バッターについてもよく見ていました。これまでにはなかったことですね」

 ベスト4に進んだ習志野が頂点に立つためには、あと2試合。再び岩沢が登板するかどうかはわからないが、対戦相手は90キロ台のボールを投げる岩沢対策も怠ることはできない。

 岩沢は自身の課題についてこう語る。

「僕は力で抑えられるピッチャーではありません。相手バッターが考えていないボールで勝負したい。奥行きで勝負するタイプなので、もっと緩急をつけたピッチングをしたいと考えています。甲子園で対戦するバッターは地方大会と違って、なかなか(体が)泳いでくれません。これからは、コントロールに気をつけ、もっと遅いボールを投げたい。90キロ以下、できれば80キロ台のボールを。ストレートはより速く、カーブはより遅く。そうやってバッターを揺さぶっていきたい」

 バッターが「打てそうなボール」を投げて打ち取るのが、岩沢の理想だ。

「もしもう一度チャンスをもらえるなら、チームの勝利に貢献したい」

 球速90キロ台の「打てそうで打てないボール」がスピードボール全盛の甲子園の準決勝、決勝でも見られるかもしれない。