レフト、センター、セカンド、ファースト、ライト。 オープン戦が始まって、杉谷拳士が守ったポジションだ。代打あり、代…
レフト、センター、セカンド、ファースト、ライト。
オープン戦が始まって、杉谷拳士が守ったポジションだ。代打あり、代走あり、守備固めあり、もちろんスタメンでも出場している。去年はサードも守っているし、ショートだってできないはずはない。プロ入り後、一軍では1試合しか経験はないが、春夏合わせて3度も甲子園に出場した帝京高校では、3年生の時にキャプテンを務め、背番号6をつけてショートを守っていたのだから——。

ユーティリティプレーヤとしてベンチからの信頼が厚い杉谷拳士
ユーティリティ。
足が速く、バントもできるし、バッティングも悪くない。どこでも守れて、元気もある。こういう選手がベンチにいてくれたら、監督としては楽だろう。しかし、栗山英樹監督はこう言っていた。
「ケンシ(杉谷拳士)にはいつも言ってるんだよ、『お前はこんなもんじゃないだろ』って。だからもちろん、レギュラーポジションを獲ってほしいと思ってるよ。監督になった時、ハルキ(西川遥輝)、タク(中島卓也)、コンちゃん(近藤健介)、ケンシの4人はこのチームの中心になるべき選手たちだと考えていたし、だからケンシにはユーティリティだからベンチにいて欲しいなんて、そんなふうには思ってない。アイツが3割打てるなら、いくらでもポジションはあるんだからさ」
プロで10年、一軍で501試合に出場し、通算で206安打、ホームランは8本。今や押しも押されもせぬレギュラーとなった西川、中島、近藤に、杉谷は大きく水をあけられた。杉谷は言う。
「プロで10年、自分では『こんなもんじゃないよ』という感覚のほうが近いかもしれません。今、ウチにいるメンバーの誰よりも一軍へのデビューは早かったし、もっとやれるという気持ちはありました。でも、二軍のピッチャーを打てても一軍のピッチャーとなるとなかなか打てないという壁にぶつかって、もどかしい思いをずっと抱えてきました。今じゃ、僕だけが監督の期待を裏切っているので、もちろん、このままじゃ終わらないぞと思っています」
ファイターズは予算内で効果的な編成をするために、2004年にBOS(ベースボール・オペレーション・システム)を導入し、選手の数値化を図った。チームの選手、他球団の選手、アマチュアの選手を複雑な独自の公式で数値化し、順位づけの指標としてきたのだ。ドラフトの候補に挙がったアマチュアの選手がすぐにファームの試合に出られるかどうかをチェックし、そのレベルに達したと判断すれば指名する。杉谷は2008年のドラフト6位で指名されてファイターズに入団したのだが、じつは彼の指名はテストケースだったと、大渕隆スカウト部長が明かす。
「現場レベルでは、彼は体力、技術面でプロのレベルには到達していない、という判断でした。しかも、これからの伸びしろも見出せなかった。でも、杉谷は性格面が図抜けていたんです。元気があって、やる気があって、必死で、やたらと声がでかい(笑)。精神面はプロなんです。こういう選手がどこまで通用するのかという点で、彼は、僕たちにまた新たな見方、違った視点を必要とされるのかどうかの試金石になっていました」
そして杉谷はプロ2年目の2010年、ファームで133安打を放ち、イースタン・リーグでの最多安打の記録を12年ぶりに塗り替えた。2011年にはフレッシュ・オールスターで優秀選手賞を獲得、プロ4年目の2012年にはプロ初ホームランを放つなど、一軍で結果を出した。しかし、そこから伸び悩む。2013年には中島卓が、2014年には西川が、2015年には近藤がレギュラーに定着した。
「僕は性格的な面をこの球団に気に入ってもらっていたというのは聞いていたので、そこを評価されてドラフトで指名されたということはわかっていました。『本当は獲るつもりのない選手だった』とハッキリ言われましたし、担当スカウトからは『社会人を挟んだほうが指名順位も上がる』とアドバイスもされました。でも僕はどうしてもプロに入りたかったし、内心では打つほうにも自信があったんです。
いざプロに入って1年目、プロのピッチャーはすごいなとは思っていましたけど、2年目には二軍で記録をつくって、3年目の一軍は満を持してという感じだったんです。実際、最初はすごくいい形でデビューすることができたんですけど、一軍のピッチャーを経験していくうちにレベルの高さを知ってしまって、結果を残せなくなりました。一軍のピッチャーはコントロールがすごくよかった。1打席で1球、甘い球が来ればいいほうで、二軍のピッチャーはファウルで粘っていればやがて真ん中に入ってくるんですけど、一軍のピッチャーには投げ間違いがありません。
とくに度肝を抜かれたのは岸(孝之、当時はライオンズ/現・イーグルス)さんで、初めて対戦した時、『うわっ、こんな球を投げるピッチャーがいるんだ』と驚きました。ボールが止まるチェンジアップにはホントにビックリさせられたし、カーブは真上からストーンと落っこちてくる。いやいや、これはこの世界ではオレは無理だなって、とんでもなく高い壁を感じさせられたんです」
それでも杉谷はプロの世界にしがみついた。
2014年の87試合出場がキャリアハイ、打席数と安打数は2015年の192打席、49安打がキャリアハイ、ホームランは去年の3本がキャリアハイ。2016年には背番号を61から2へと変更、飛躍を期待されたが、未だにユーティリティを脱し切れていない。そんな現状について、杉谷が言う。
「監督はいつも『ケンシは代えが利かない選手だから』と言ってくれていますし、吉村(浩)GMも10年間ずっと、『お前は打てる』って魔法をかけるように言ってくれています。ただ、なかなか僕にその魔法がかからない(笑)。監督にも僕のほうから『頭から行く準備は常にしています』と魔法をかけるつもりでアピールしているんですけど、なかなか監督にも魔法がかからない(苦笑)。それでも僕はフルシーズン、全部の試合に頭からいくつもりでトレーニングを積んできていますし、控えでいいなんて思ったことは一度もありません」
レギュラー定着への課題は、ムラをなくすことだ。杉谷は調子がいい時と、そうでない時の差が大きい。レギュラーとしてフルにやっていくためには、よくない時、疲れが出ている時を何とか凌いで、数字を極端に落とさないことが求められる。そして杉谷自身にもその自覚はある。
「僕はスイッチ(ヒッター)ですから、右がいい時と左がいい時があるんです。だから、いざ試合に出るとなった時、今日は相手が右ピッチャーだから左だけど、ヤバい、左がよくないって時があって、監督は『相手が右だからって左で打つことにこだわらなくても、好きにすればいいんだぞ』って言ってくれます。でも僕は、右ピッチャーに右で立つことによって、左ピッチャーの時によかった感覚を失うのがイヤなんです。そこから崩れていくこともありますからね。
それよりも、もちろん技術もまだまだなんですけど、僕はそれ以前に気持ちで負けていると思うんです。『よっしゃ、いいところを見せてやろう』と気負い過ぎていつものスイングができていなかったり、『ヤバい、ここで打てなかったらどうしよう』と受け身になって甘い球を見逃したり……。だから、予想もしていない時に監督から『ケンシ、行け』と言われて考える間もなく打席に立った時にはカーンと打てたりするんですよね。要は、いつも同じメンタリティで臨むということが大事だと思いますし、清宮(幸太郎)を見てたらわかりますもん。アイツ、チャンスで打てなくても平然とベンチに帰ってきて、『くっそー』とかニコニコしながら言ってるし(笑)、そういうところは見習わなきゃと思います」

プロ11年目を迎えた杉谷拳士。今年こそレギュラー獲りを狙う
オープン戦の最後の試合、札幌でのスワローズ戦に”6番レフト”で先発した杉谷は、4度のチャンスをもらいながらノーヒットに終わり、打率も3割を切ってしまった。それでも今年の杉谷は、打つことに活路を見出そうとしている。
「僕には打つことしかないんです。守備うんぬんじゃなくて、打つこと。守備は今から劇的に変わることはありませんけど、打つことは劇的に変わることがありますからね。僕は1年でも長くプロ野球選手としてプレーしたいと思っていますし、監督からも『あとはケンシだけだよ 』と言ってもらっているので、何とか恩返ししなきゃと思っています」
ファイターズのセカンドの先発争いは、このオープン戦、石井一成、谷内亮太、平沼翔太、ベテランの田中賢介と杉谷がしのぎを削ってきた。レフトやファーストでも先発した杉谷だったが、今のチーム状況を考えると、スイッチヒッターの杉谷が出塁率.350、20盗塁をマークして、1年間、セカンドに収まれば、じつにバランスがよくなる。
「栗山監督も現役時代、プロの世界にテストで入って、スイッチヒッターで、足が速くて、不器用で(笑)……僕と重なるところがいっぱいあるんだと思うんです。だからこそ、監督に恩返しがしたい。シーズンが終わった時、規定打席に達して、監督から『遅いよ、お前』って言ってもらいたいんですよね」