パラアスリートをはじめ、パラスポーツに関わる人たちを支えるヒト・モノ・コトについて迫るインタビュー連載「パラサポーターズ+!」。パラトライアスリートとして世界で活躍する秦 由加子さんをゲストに迎えたインタビューの後編は、秦さんが“トム”と呼…

パラアスリートをはじめ、パラスポーツに関わる人たちを支えるヒト・モノ・コトについて迫るインタビュー連載「パラサポーターズ+!」。パラトライアスリートとして世界で活躍する秦 由加子さんをゲストに迎えたインタビューの後編は、秦さんが“トム”と呼んでいるという義足についての話を中心にうかがいます。

── トライアスロンへの転向も、「変わりたい」思いからだったんですね。

「義足を作ってもらっていた臼井二美男さんに走ってみたいと相談したところ、臼井さんが主宰する陸上チーム、ヘルスエンジェルスの練習会に誘われました。行ってみたら自分用に板バネの義足が用意されていて(笑)。実際にそれを着けて走ったところ、なんとも表現できない気持ちよさで。18年間、走ることがありませんでしたから」

── すぐに走れるものなのでしょうか。

「まあ、走るといっても、それほどのスピードではありません。私は膝がないので、義足の膝が折れて転んでしまうことがこわいんです。ちなみに、義足は日常用と競技用、競技用は走るときのものとバイクに乗るときのものがあり、3つを使い分けています。日常用は膝があり、走るときのものは膝がなく固定されていて、バイクに乗るときのものは膝があるものの、切り替えて固定できるようになっています。トライアスロンで種目を切り替えるトランジションの際に歩かないといけないので」

── 選手のみなさんは同じように使い分けているんですか。

「人によりますね。海外でいえば、男子の選手は膝があるもののほうが多く、女子の選手は膝がないもののほうが多い。なぜかというと、膝のパーツはかなり重い反面、まっすぐに踏み出すことができるので、筋力がある男子の選手は膝があるものを選ぶんです。膝のないものはまっすぐに踏み出すと、地面につま先を擦ってしまいます。だから、外から振り回すようにして走ります」

── そういったメリットとデメリットを考慮して、自分に合ったものを選んでいるんですね。

「膝のないものを使って外から振り回す走り方は、また違った筋力が必要になりますし、腰を痛めやすいというのもあります。でも、やはり軽さには勝てません。膝のパーツが軽くなって、義足が体の一部のようになればもっと早く走れるのにという思いはありますが、最低限の強度は必要なので。簡単に折れてしまうようでは使えませんし」

── スペアはお持ちなのでしょうか。

「基本的にはないですね。いまそれぞれの義足に新しいものをお願いしていますが、改良を加えているのでまったく同じものではありません。いろいろとリクエストをして、競技用のものなら、例えば脚を入れるソケットの長さや角度、板バネの硬さなどを変更してもらったりしています。体重や走力などによっても合うものが変わってきますし、ほかの選手と同じものを使っても、同じように走れるとは限りません」

── なるほど。たとえ速い選手の真似をしても意味がないと。

「好みも人それぞれですし。ギュッと締め付けたほうがいいという人もいれば、少し緩いくらいがいいという人もいます。それを自ら見つけないといけないんです。ちなみに、黒いツマミはソケットの幅を調整するためのものです。5kmのレース中にも脚の幅が変わってしまうので、これで微調整を行います。これも人によってあるものとないものがありますね」

── 新しいものが届くのが楽しみですね。

「新しいものを試しに履いてみると、すごく気持ちがいいんですよ。これは2017年に作ったものですけど、残念ながら引退ですね。1〜2年で走り方も変わっていますし。いま競技用は名古屋にある松本義肢製作所の橋場義浩さんという方に作ってもらっていて、板バネは今仙技術研究所とミズノの共同開発によるもの、ソールはブリヂストンと、みなさんのご協力のもとでできあがっています。この1年で何度も名古屋まで足を運んでいますね。なかなか思うようなものにたどり着けず、橋場先生を困らせています(笑)」

── こだわっているのは、例えばどのような点ですか。

「いまの私の課題がトランジションだということは明確で、ほかの選手に比べても時間がかかっているんですが、つまりは義足の付け替えの時間なんです。それをいかにスムーズにするかが、いちばん頭を悩ませていることですね。義足はたくさんのパーツでできていて、そこに靴下のようなライナーなどとの組み合わせもあり、その選択が本当に難しくて。ランとバイクではまた求められるものが違いますし。答えは永遠に出ないものかもしれませんが、まずは来年の東京パラリンピックに間に合うように……」

── 義足の見た目にもこだわっていらっしゃるとうかがいました。

「そうなんです。私が布を買ってきて、それを貼り付けてもらい、リオパラリンピックの前から2本連続でこの柄にしています。かわいいほうがいいですから(笑)。先生のこだわりも相当で、グラデーションの色がきれいに出るよう、黒いカーボンの上に一度白を入れているんです。義足を作る際の手間はひとつ増えてしまいますが、義足は体の一部ですし、そこに思い入れがあることで前向きな気持ちになれればいいという、心遣いがうれしいですよね。ちなみに、私はこの義足に“トム”という名前を付けています(笑)」

── 最後に、今後の抱負を聞かせてください。

「やっぱり来年の東京パラリンピック。たくさんの人に見てもらえるチャンスですし、メダルを獲って、応援してくれた人たち、義足を作ってくれた人たちに『ありがとうございました』と伝えたいですね。それがいまの目標です」

【プロフィール】

秦 由加子さん

はた・ゆかこ●1981年生まれ、千葉県出身。13歳で骨肉腫を発症し、右大腿部より切断。2007年に水泳を再開し、2008年より障がい者の水泳大会に出場する。その後、2013年にトライアスロン競技に転向。2016年にはリオパラリンピック出場を果たす。