「今、外野でノックをしています」 安達央貴(ひさたか)マネージャーに案内され外野に向かうと、58歳とは思えない若々し…
「今、外野でノックをしています」
安達央貴(ひさたか)マネージャーに案内され外野に向かうと、58歳とは思えない若々しさで軽やかにノックを打つ”米野球殿堂入りの男”の姿があった。
長らくコーチやスカウトとして携わったロッテを昨年限りで退団した山森雅文は、今年1月から社会人野球のJFE東日本にコーチとして入部した。

スカウト時代もランニングや筋トレを欠かさなかっただけに動きは軽やかだ
現役時代は阪急(1989年からオリックス)の好守の外野手として活躍。1981年9月16日に西宮球場で行なわれたロッテ戦で、フェンスを越えようかとする打球に対して金網のレフトフェンスをあっという間によじ登りスーパーキャッチを見せた。これはアメリカの野球殿堂博物館にも展示されるプレーとなり、日本人として初めての快挙だった。
ユニフォームを着るのはロッテの二軍外野守備走塁コーチをしていた2012年以来だが、月並みな言葉で言えば「よく似合う」。指導で見せる真剣な表情と休憩に入り選手に声をかける際の穏やかな表情のギャップに、長年の経験が深く滲む。
ロッテで2011年と2012年、1990年代後半から2000年代前半にかけては日本ハムとオリックスでもコーチを務め、指導歴は計12年になるが、社会人の現場はとても新鮮だと言う。
「若手中心ではありますが、みんな能力が高く、素直で真面目な選手ばかりです」と頬を緩める。それと似た表情で監督・選手たちも”山森効果”を語る。
「新しい情報をいただいて選手もすごくイキイキとしていますし、コミュニケーションの取り方、人柄が素晴らしいです」(落合成紀監督)
「指導の引き出しがとても多い方です。走塁は盗塁だけでなく、二塁から本塁への走塁とか三塁からのゴロゴーとか、細かくひとつずつ練習をするようになり、すごくレベルが高くなっていると思います」(鳥巣誉議)
盗塁練習のなかで山森が気になる動きをしていた。盗塁のスタートを切る選手の右足の付け根あたりを山森が右手で抑えている。この意味について3年目の外野手・中澤彰太が詳しく明かしてくれた。
「(1歩目の左足が着地するまで)右足のかかとを上げないようにするためですね。かかとが浮いてしまうと左足が二塁方向へ直線的に入らず外回りしてしまうんです。最初は動きづらかったのですが、この方が速いなと段々に実感してきました」
また外野専任のコーチから指導を受けたことのなかった中澤は外野守備の指導でもたくさんのことを吸収している。山森も得意としていたフェンス際の打球処理のレベルは全選手で上がっている手応えがあるという。
コツとしては「球の下側を見るように。その下に入るように」という感覚だ。
そして、その人柄で「山森さんの方からコミュニケーションを取ってくれるので、すごくやりやすいです」と話す。
プロ志望の中澤は昨年、ドラフト候補となりながら指名漏れを経験している。それだけに今年は「年齢的にもラストチャンス」と意気込んでいる。そのなかで山森は、その「あと一歩」を引き上げるのに欠かせない存在だ。
また、それはチームとしても同じで、昨年は都市対抗と日本選手権の代表決定戦すべてで1点差負けを喫しただけに「超攻撃的野球」を掲げる今季のチームにとって山森のノウハウは大いに生かされるだろう。
取材の最後、あの伝説の捕球について聞くと、今後の指導方針も絡めて興味深い考えを明かしてくれた。
「あれは遊び感覚で、毎日練習でやっていました。あそこに毎度打てる(コーチの)大熊忠義さんもすばらしいですよね。外野の守備は福本豊さんの動きを『どうやったらこんなスタート切れるんだろう?』とか、食い入るようにして見ていました。何事もそうやって自然と覚えてできるようになるのが一番なんです」

練習のなかにも遊び心が大事だと説く山森コーチ
だからこそ選手たちに伝えるのもそういったことだ。
「何事もただ真剣に『やらなきゃダメだ』とやっていても覚えられない。遊び感覚を持ってやった方がいつの間にか覚えて、習得もしやすい。そういうことは伝えていこうと思っています。そして、大事なのは『練習でできないことは試合では絶対できない』ということ。試合で偶然できてもメッキは必ず剥がれますからね」
取材を終えるとすぐさまグラウンドに目を向けた。「今日はありがとうございました」と固く握手をすると、足早にグラウンドへ駆けて行く。それもまた、練習の大切さを理解する生ける伝説の姿そのものだった。