前日の降雪から一転、青空の広がる早大上井草グラウンドにて、追い出し試合が行われた。早大4年の全員が伝統ある赤黒ジャージーに袖を通し、下級生との対戦に臨んだ。フッカー宮里侑樹(スポ4=沖縄・名護商工)は「寂しいような安心したような」と早大…

 
 前日の降雪から一転、青空の広がる早大上井草グラウンドにて、追い出し試合が行われた。早大4年の全員が伝統ある赤黒ジャージーに袖を通し、下級生との対戦に臨んだ。フッカー宮里侑樹(スポ4=沖縄・名護商工)は「寂しいような安心したような」と早大での最後のプレーについて語った。また試合後、選手たちは多くのファンと交流し、追い出し試合は盛況のうちに幕を閉じた。

 最初に行われたのは早大4年と早大選抜による試合だ。早大4年は序盤から自陣でのプレーを強いられる中、WTB桑山聖生(スポ4=鹿児島実)がターンオーバーに成功。切れのあるステップで敵をかわしつつ大きくゲインし、観客を沸かせた。その後も一進一退の攻防を繰り返したものの、試合終了間際、早大選抜にトライを許し、5-0でノーサイド。主力メンバーとの対戦に、4年生のプレーからは真剣さが垣間見えた。続いて早大4年は学年ごとに下級生と対戦し、ここでは和気あいあいと笑顔でプレーを楽しむ4年生の姿が見られた。普段はベンチから試合を見ている小柴大和主務(法4=北海道・函館ラサール)も赤黒ジャージー姿で現れ、観客から熱い声援を受けた。早大1年との対戦ではCTB伊藤大貴(スポ4=愛知・春日丘)のトライで先制すると、終盤には早大4年生のマネージャーとトレーナーが登場。二人はパスを回しながら敵陣に攻め込んでいき、最後は一宮沙希副務(文構4=東京・立川)がインゴールの真ん中にボールを置くと、会場は大きな歓声に包まれた。


大峯功三ジュニアコーチ(平27スポ卒=福岡・東筑)とロック三輪達哉(文4=三重・桑名)のガゼル対決

 また、試合の合間には、下級生が4年生を1人ずつ指名して呼び出し、向かい合って素直な思いをぶつけるという場面もあった。桑山聖は弟であるCTB桑山淳生(スポ3=鹿児島実)から、これまでの感謝の言葉を伝えられた。さらには、昨季限りで退任の大峯ジュニアコーチに三輪がダッシュの勝負を挑む一幕も。最後にはフランカー佐藤真吾主将(スポ4=東京・本郷)が下級生に胴上げされ、4年生は観客に向けて感謝の気持ちを伝えた。


部員全員の集合写真

 昨年、創部100周年という節目の年を迎えた早大ラグビー蹴球部。関東大学対抗戦では8年ぶりの優勝をつかみ取ったものの、大学選手権の準決勝ではあと一歩のところで明大を破ることができず、準決勝敗退に終わった。「僕らがつくったいいチームの雰囲気づくりを継承しつつ、自分たちの色を出しながら、新しい早稲田ラグビーを創造していってほしい」(佐藤真)。4年生の思いを胸に、2008年以来となる『荒ぶる』に向けて新体制が始動する。

(記事 加藤千咲、写真 石井尚紀、初見香奈子)

フランカー佐藤真吾主将(スポ4=東京・本郷)

――後輩たちへの想いは

早稲田ラグビーには緊張・創造・継承という三つの部訓があるんですけど、僕らが今年作り上げた『ONE TEAM』だったり、色々な人とコミュニケーションをとりながらチームを作っていくことだったり、本当に全員の人が23人を応援している環境というのは、今まで正直感じてこれなかった部分なので、そこを3年生はしっかり感じてくれたと思うし、しかも3年生である分本来出るべきである4年生たちの想いを背負うって気持ちを、人一倍理解できている3年生が多いと思うので、誰かの気持ちを背負って戦えることが強みでもあると思います。だから僕らが作ったいいチームの雰囲気作りをしっかりと継承してほしいと思うし、直人(齋藤直人、スポ3=神奈川・桐蔭学園)たちがそれを継承しつつ、でもだからといって僕らと同じことをしてもチームはまとまらないと思うので、自分たちの色を出しながら、新しい早稲田ラグビーを創造してほしいなと思います。

―佐藤主将の代の4年生への想いは

最初はすごいバラバラでこんなチームで大丈夫かなと思っていたんですけど、今まで1年から3年までを通して4年生はすごく仲のいいチームだったので、その分最後は僕が言ったことに対してまとまってくれましたし、色々ありましたけど僕にとってはすごくやりやすかったので、本当に感謝しているし、この40人でよかったなと、心から思っています。

フランカー西田強平副将(スポ4=神奈川・桐蔭学園)

―― 4年間を通して一番印象に残っていることは

印象に残っていることといえば、引退したときですかね。引退したときに会場を出て、ずっと待っていたんですけど、後輩たちも一緒に泣いてくれて。負けたことはすごく悔しくて。僕たちが1年生のときから引退するときの光景っていうのをあまり覚えていなくて。引退が決まっている状態で東海大との試合をやったので、引退が決まっていたというのもあって覚えていないです。詠真さん(桑野、平28スポ卒=ヤマハ発動機)のとき、僕は行けなくて。しかも花園で負けちゃって、寮でその試合を見ていました。次の試合は僕が東海戦出て負けて、すごく悔しかったけど記憶がなくて(笑)。負けた瞬間すごく悔しかったし、悔しくてめっちゃ泣いたんだけど、記憶なくて。だけど、僕たちのときは、自分の代だからっていうのもあると思うんですけど、全員で戦っていたんだっていうのがすごく印象に残っています。だからこそ勝ちたかったっていうのもあります。あれはすごく4年間の中でも印象に残っています。全員で戦うっていうことを常に言い続けてきて、それが全員で戦ってきたんだなって思えたことは、悔しい中でもうれしかったです。

――卒業してからラグビーをすることはないのですか

いや、何かしらのかたちでやりたいなと思っています。でも、もう僕はこうやって日本一を目指したり、「荒ぶる」を目指したり熱い目標を持ってやることは多分ないと思います。ただ、そういう思いを持っている人の手助けはできるのかな、と思います。自分が学んだことをそういう子どもたちであったり、ラグビーをやっている人であったりに伝えていくことができたらなって思います。自分は日本一を目指すっていう環境でラグビーをするのが自分はすごく楽しくて、燃えていて。次にそういう目標ができたらやりたいと思うんですけど、今のところそういう目標がしっかりとは見えていない状況で、またラグビーをすることは中途半端になっちゃいそうなので、それだったら、そういう目標を持っている人の手伝いをする方が良いのかなと思います。自分の中ではそう思っているんですけど、目標がこれから見つかるかもしれないので。そんな感じです。

――今までのラグビー人生で得たものは何だと思いますか

自分でこれを得たというのは恥ずかしいんですけど(笑)。挫折から奮起する力っていうのを学びました。この4年間、これまでのラグビー人生は、うれしい思いよりも悔しい思いの方が多くて。でも、そのわずかなうれしいのために、めちゃくちゃ頑張んなきゃいけないっていうことを学びました。悔しいって思わないやつに成長はないし、でも悔しいって思っているやつにはいつかチャンスがくると思っていて、それはラグビー人生ですごく学んだことです。悔しい、があったからこそ自分の中では何かしらの結果に結びついたと思っていて、それが最初の頃は出なくても、どこか一部に繋がっていると思います。それはラグビーから学べたことだと思います。

――西田選手にとってラグビーとは

成長できる場所ですかね。競技の中でも15人という大人数で試合する競技ってあまりないと思うし、また130人の部員で部活をすることもないと思うので、ラグビーをやっていたからこそ、仲間のために体を張ったり、目標のために頑張ったり、普通の生活ではあまりないことがラグビーだからこそ学べて、それが少しずつ自分の成長に繋がっていると思ったので。成長できる場所ですかね。

小柴大和(法4=北海道・函館ラサール)

――昨季を振り返っていただいて、創部100周年という節目年に主務を務める時は周囲からプレッシャーなどは感じましたか

創部100周年ということでOBからは結構色んな声はありました。ですが、あくまで自分たちの中ではやっぱり佐藤真吾(主将、スポ4=東京・本郷)がキャプテンで勝ちたいという思いが全てだったので、世間で言われているプレッシャーはなく自由にやらせてもらったという気持ちが率直な感想です。

――どのような代でしたか

僕らの代は監督が二回変わっていたり、チームの変革によって部のことが変わっていたりした中でみんなで色んな話し合いをしてきました。小さい話し合い、小さい苦労が最終的には大きな『ONETEAM』として成ったのかなとはすごく思います。

――高校の後輩に向けて一言お願いします

函館ラサールの現役部員のやつにはしっかり最後まで赤黒着て頑張ってほしいです。スタッフの木村(木村祐輔、スポ2=函館ラサール)には一つ一つの仕事を全力で丁寧にということ。函館ラサールに今いる子たちにはしっかり勉強して早稲田に入ってくるという伝統しっかりと築き上げて欲しいなと、また花園に行って欲しいなという思いですね。

――スタッフの後輩に向けて一言お願いします

やっぱり、スタッフは選手よりも下というか、下から持ち上げるように捉えていると思います。選手よりも熱くかつ選手よりも冷静に色々な仕事また色々なことに取り組んで欲しいなと思います。

――佐藤真主将との関係性はどのようなものでしたか

真吾とは結構プライベートでも仲が良いので、そういう意味では色んなことが話せて本当にお互いしっかり支えあいながらできたのかなとは思います。

――1月2日の舞台を経験した意味というのはどのように捉えていますか

あくまで年越しは僕らにとって通過点だったので、後輩たちに新しい一歩を見せることができたということが一番僕らにとっては財産だなと思います。

――これからはOBとして見守る形になると思いますが、どんなことを期待しますか

今年一年で取り戻した文化、伝統。あとは一人一人の心の中にある早稲田としてのプライドをしっかりとこれからも引き継いでいって欲しいなと思います。

――個人としてのこれからの抱負をお願いします

今までラグビー人生にかけてきた熱量を次はしっかりとビジネスの世界に移して、自分にしかできない大きなことをしっかりとやっていきたいなと思います。

プロップ鶴川達彦(文構4=神奈川・桐蔭学園中教校)

――追い出し試合終えていかがですか

それぞれの学年特色があるんですけど、今年もやっぱりいい学年で、楽しかったかなという感じですね。

――5年目を選択したきっかけなどありましたか

社会人でちょっとやりながら大学通うっていうのは中途半端になってしまうと思ったからです。

――今年1年終えていかがでしたか

自分たちで考えるように色々ミーティングとかも増えましたし、そういった意味で充実した1年だったと思います。

――同期に一言お願いします

僕が4年生やるというのを受け入れてくれて感謝しています。

――後輩に向けて一言お願いします

次のチームは中心メンバーがほとんど残りますし、ただそのメンバーがしっかり機能するかはフロントローに、セットプレーが安定するかにかかってると思うので、今まで以上に頑張って欲しいですね。

――これからの意気込みをお願いします

5年間早稲田でやったということを誇りに思って、その経験を生かして謙虚にやっていきたいと思います。

フッカー宮里侑樹(スポ4=沖縄・名護商工)

――追い出し試合を終えていかがですか

赤黒最後着れて楽しかったですし、終わっちゃうんだなっていうのは少し試合の途中でありましたね。寂しいような安心したような。

――フランカーからフッカーにポジション転向されましたが、何か違いなど見えましたか

フッカーなんで結構セットプレーの軸になるので、1年目、3年生の時に出た時は初心者の自分が出ていいのかと思いましたし、今年入って鷲野(フッカー鷲野、基理4=神奈川・桐蔭学園)、峨家(フッカー峨家直也、商4=兵庫・報徳学園)、三隅(フッカー三隅寛己、法4=東京・早実)とかライバルもいる中で自分が赤黒着れたってことは嬉しくもあったんですけど、大変でしたねこの2年間は(笑)。本当に色んなことを学べた2年間だったなと思います。

――新人総代でのスピーチをされていましたが、話したことは達成できましたか

そうですね。本当に環境が良くて日本一は達成出来なかったですけど、この4年生でやってこれて良かったなっていうのと、最後負けてしまって悔しかったですけど、出し切れたんで良かったなと思います。

――同期に向けて一言お願いします

練習でも勉強でも色々お世話になったので、本当に感謝し切れないなと。これからもみんなとは会うと思うんで、思い出話に花咲かせたいですね。

――同じポジションで期待している後輩は

よく飲みにいくの芦刈(フッカー芦刈太政、スポ2=福岡・東筑)なんで。あいつには上に行って欲しいですね。森島(フッカー森島大智、教3=東京・早実)もなんですけど。芦刈が一番頑張って欲しいですね。

――これからに向けての意気込みをお願いします

トップリーグがあるので、今のままじゃ通用しないのわかるので、一段階上がって、スタートで出れるよう頑張っていきたいです。

プロップ丸尾隆大郎(社4=東京・早実)

――ラグビーを始められてから、きょうまでの日々はいかがでしたか

さっきも崇真(NO・8丸尾崇真、文構2=東京・早実)が言っていたんですけど、兄でいながら弟にラグビー選手として勝てなかったなという思いがありました。自分はあまり話していなかったんですけど、弟と一緒に試合に出たいという思いがあって、それをかなえることができずに4年生を迎えて、最後の試合まで過ごしたのが一番悔いが残ります。この悔しさは一生忘れることはないでしょうし、これを背負って生きていくのかなという思いがあります。

――やはり丸尾崇選手との関係は切っても切り離せないものですか

ラグビー以外のスポーツもずっとやってきて、スキーや流鏑馬も一緒にやったりして、ラグビー以外はそんなに負けていなかったんですけど、ラグビーだけ勝てなくて悔しかったです。2年間試合を見てきて、すごくいい選手になったと思いますし、自分としてはうれしいという思いもありつつ、客観的に見たときに勝てないなと思ってしまったのが悔しいです。

――高校時代から練習された上井草グラインドに対する思い入れはありますか

いい思い出1割、悪い思い出9割みたいなものなんですけど、絶対に忘れないと思います。1個下の武田雄多(プロップ、文3=東京・早実)とは練習をずっとやってきたので、一番一緒に過ごした時間が長い後輩で、それが一番思い出深いです。

――武田雄選手をはじめとしたプロップの後輩の方々にメッセージをお願いします

早稲田は他の大学に比べるとプロップがあまり強くないというイメージを払拭できるだけのメンバーはそろっていると思うので、来年こそは『荒ぶる』を取ってほしいと思います。

――最後に同期の皆さんに一言お願いします

ケガも多く、情けない自分を受け入れてくれた同期には感謝しかないです。ありがとうございました。

SH貝塚陸(スポ4=東京・本郷)

――追い出し試合を終えて今のお気持ちは

自分たちが抜けて、試合で下の代に自分たちの思いを伝えることができたかなと思っていて、このあと予餞会もあるんですけど、しっかり受け継いで来年以降もっと強くなって『荒ぶる』を取ってほしいという思いできょうは試合をしました。

――今季はリザーブに入ることが多く、出場された試合ではトライもありましたが、印象に残っている試合はありますか

ジュニア選手権の入れ替え戦の流経大戦ですね。あの試合はBチームが強くなってチーム全体がまとまる上であの試合で勝つことがすごく大事だったので、勝てたのは本当にうれしかったです。

――佐藤真主将とは高校から7年間共に過ごされたと思いますが、主将への思いは

あいつは高校の時はキャプテンとかやるようなタイプではなくて、主将になるときも結構心配だったんですけど、それでもあいつなりにチームをまとめようと努力してたので、そういった姿勢には本当に感謝しています。

――主将が率いてきたこのチームはいかがでしたか

自分の四年間の中で一番まとまりがあったチームで、3年生以下ともすごく仲良くできましたし、チームの雰囲気も良かったと思います。

――早大での四年間を振り返って

一番大きいのは同期のみんなに出会えたことで、自分にとって財産だと思います。あとは辛いこともあったんですけど、それを乗り越える過程が自分の中では大切だなと思っていて、これを社会人でも生かせるように頑張っていきたいと思います。

――最後に、後輩に向けてメッセージをお願いします

四年間、3年生もあと一年あるので、悔いのないように頑張ってほしいです。

SO船越明義(社4=東京・早大学院)

――追い出し試合を終えて今のお気持ちは

今は、スッキリしたなという気持ちです。

――四年生の年に黒ジャージを着て早慶戦、早明戦に出場出来たこと、勝てたことについて

いろいろあったんですけど、上手く行かないときもそういう舞台を目標にやっていたというのはあるので、自分の目標のうちの一つを達成出来たという意味では、いい経験になったなと思いますし、次に繋げていきたいと思っています。

――後輩に伝えたい言葉は

すべて、どんな問題でも突き詰めれば自分個人の問題になるんだと僕は思っていて、そこに気づけるかどうかが大切だ、っていうことですかね。

――高校からの7年間、または大学からの4年間を共にした同期に向けて一言お願いします

本当にキツイときに精神的にも支えてもらったし、みんなが頑張ってる姿を見て自分も頑張ることが出来たというか、いい刺激をもらってここまでやってこれました。40人ってすごく多いんですけど、それぞれ40通りの人生があると思うし、これからみんながどうなっていくのか本当に楽しみにしているので、これからも頑張って行きましょう、と言いたいです。

CTB伊藤大貴(スポ4=愛知・春日丘)

――早稲田での4年間について教えてください

きついこととか厳しいこととかのほうが圧倒的に多かったんですけど、すごく楽しかったし、毎日成長できた4年間でした。

――競技はこの後続けられる予定はありますか

いや、もう遊びでやる程度ですかね。本格的にやるのは大学4年間でもう最後と決めていたので、最後何とかやりきることができたかなと思っています。

――これまでを振り返ってみていかがですか

ラグビーをここまで続けてこられたのは本当に良かったですし、ラグビーを通して成長できた部分も大きいと思うのでよかったです。

――対抗戦の青学大戦で初先発し、1トライを挙げられましたがその時の心境を教えてください

初めて対抗戦に出させてもらったことですごく緊張したんですけど、今年1年間自分がやってきたことが報われた瞬間だったのかなと思っています。

――早稲田のラグビーで学んだことについて教えてください

学んだことはいっぱいあるんですけど、常に挑戦し続けることを学びました。現状で満足していたら先の成長はないし、自分のどんどん高い目標を持って、一個一個やっていくというのがすごい大事なのかなと感じたので、それはこれから生きていく中でも実践していきたいなと思っています。

WTB佐々木尚(社4=神奈川・桐蔭学園)

――現在の慶大4年生が中心選手となっていた慶応高に負けて花園出場を逃したことをきっかけに早稲田に来ましたが、その決断をした時の気持ちについて改めて教えていただけますか

その時点で慶大に行く道もありましたが、やはり負けた相手のもとで一緒にラグビーをやろうと思えなくて、一緒にやるというよりは、この人たちを倒したいという思いの方が強くて。それを体現出来るのが赤黒なのかなと思って受験を決めました

――4年生はどんな代でしたか

例年よりも人数が多く結束しなければいけなかったので、団結力という意味では非常に強かったです。4年間の中で色々あって、何回も話し合いをしましたし、1つになる機会が非常に多くて。最後の方も4年生があまりチームに絡めないという中で、一致団結してチームに絡んで行こうということを目標に掲げてやっていたので、最後の1年間は本当に楽しかったです

――そんな4年生に一言

楽しいことと苦しいことのどちらの方が多かったかと言うと、多分苦しいことの方が多かったと思います。その中で、ずっとみんなでラグビーを続けられたのは支え合えたからだし、自分も試合中のベンチからのコールなどで本当に勇気付けられて、力になったと思っています。社会人になってうまくいかないことやしんどいことがあるかもしれないけれど、その時もしっかりみんなで支え合って頑張っていきましょう

――部に残る後輩に対して伝えたいことは

最後4年生として『荒ぶる』に導けなかったのは責任として感じていますが、大学選手権の準決勝に行って、年を越してラグビーを出来る雰囲気を味わえたことは大きな収穫だと思うので、この経験を活かして1年後か2年後か分からないですけど、絶対に『荒ぶる』をつかんで欲しいと思いますね。その時は、今無名の選手をフィールドで見たいと思います。

――第一線でのプレー機会はなくなってしまいますが、今後の抱負は

今までとは真反対の生活だと思うのですが、勉強する機会も多いですし、もう体が資本ではないので、ちゃんとやるべきことを学んで、成功させたいと思います

WTB桑山聖生(スポ4=鹿児島実)

――追い出し試合を終えていかがですか

最後に赤黒のジャージを着させてもらったんですけど、本当に最後だったので感慨深かったです。僕のミスもあったんですけど、終わってみると、最後にこのグラウンドで赤黒のジャージを着て楽しくやれてよかったと思います。

――セブンズのTIDに参加されていましたが、いかがでしたか

それぞれがレベルが高いのはわかっていたので、その中で自分がどうやって抜けていくかというのを考えて、出していただきました。

――大学の4年間を振り返っていかがですか

きついことの方が記憶にあるんですけど、最高のクラブで最高の同期に会えてよかったな、と思っています。

――入学された時には、「人間としてプレーヤーとして大きく成長できる4年間にしたい」とおっしゃっていました

大きくなったかはわからないですけど(笑)。自分の中で成長できたなと感じられているので、そこは達成できたのかなと思います。

――同期に一言、お願いします

「みんな、大好き」

――後輩にメッセージはありますか

「今を楽しんで、やりきってください」です。

――弟の桑山淳生(スポ3=鹿児島実)には何かありますか

来年も一緒にやりたいな、と言っておきます。

――早大のラグビー部はどのような場所でしたか

当たり前じゃない場所でした。

――卒業後もラグビーを続けられると思いますが、その決め手は

大学4年間試合に出られない時もありましたけど、それでもラグビーを始めた時から日本代表を目標にしていたので、セブンズでも、まだチャレンジできる環境をいただけたというのもあるので、本当に結果を残そうと思いましたし結果を残したいですし、というのもあって続けようかなと思いました。

――今後の抱負は

社会人になってからのラグビーは大学4年間のラグビーより絶対に長いと思うんですけど、やれることをやって、やりきって、競技人生を最後まで走り抜けたいなと思います。