努力の先の輝き

 大学ボート界の第一線で躍動してきた一人の選手が、この3月に卒業する。世界を転戦しながらも、早大のメンバーとして競技を続けてきたその経歴はまぶしい。主将・米川志保(スポ=愛知・旭丘)を輝かせた力とは。懸命に励み、着実に歩みを進めた4年間を振り返る。

 米川が競技を始めたのは高1の春。顧問から誘いを受け、これまで続けていた水泳ではなく、ボート部での活動を始めた。軽い気持ちで入部を決めた米川だったが、瞬く間に世界レベルに達し、室内で漕ぐ競技であるアジアインドアローイング選手権の代表に選ばれた。高校1、2、3年と3連覇を果たし、その後、高校からの憧れである先輩・榊原春奈(平28スポ卒=現トヨタ自動車)の後を追い早大へ。大学の中でも屈指の強さを誇る場所へと拠点を移した。

 入学してからは、毎朝4時起きの生活。5時の朝練に参加し、学校が終わるとそのまま戸田ボート場に戻り夜遅くまで練習する。高校時代の倍の練習量に慣れるまでには少し時間がかかった。しかしその甲斐あってか、早くから類まれなる才能を発揮する。集中力を武器としていた米川は、出場する国内の大会で年上の選手をものともせず、次々に入賞し表彰台に上り続けた。また、1年時の全日本学生選手権(インカレ)では1人乗りのシングルスカルを任される。女子の総合優勝7連覇のかかったこの大会ではプレッシャーが重くのしかかった。それでも世界に視野を広げていた米川は「ここで負けてはいられない」と自身を鼓舞し見事1位に。女子の全勝優勝と7連覇の偉業に大きく貢献した。しかし3年目のインカレでは苦汁を味わうことになる。米川はU23世界選手権の代表と並行して練習を続けており、ダブルスカルでの出場となった。しかしこの種目は決勝まで進んだものの2位。1位のチームに折り返し地点で一気に離され、立て直すことができないままゴールした。早大としても全種目で1位を逃す。総合優勝の座は明大に譲ることとなった。インカレ独特の雰囲気にチームがのまれていったのだろうか。たった1秒の差に泣いた選手も多い。「できることはやったが、悔しさは大きかった」と、チームに貢献できなかったことへの申し訳なさが米川には募っていた。

 主将として迎えた4年目はみんなの個性を引き出すことを心掛け、時に後輩の相談に乗ることもあった。先輩・後輩関係なく意見を交わしているうちにチームの絆もより深まっていった。しかし最後のインカレの直前でもU23世界選手権の代表としてチームを一旦離れることになる。それでも「総合優勝はできると自信はあった」と、仲間と自身を信頼。米川がいない間も同期がチームを率いてくれたおかげで、チームはまとまりを増していた。そして迎えた最後のインカレ。米川の明言通り、総合優勝に返り咲く。メンバー全員でもぎとった2年ぶりの勝利。終わってからは「ほっとしたという気持ちが大きかった」と言う。正直勝てる自信はあったと言っても、チームの得点が出されるたびに気が気でなかった。周りの期待、ワセ女としての誇りといった重圧も、知らず知らずのうちにのしかかっていたのだろう。


インカレでの総合優勝奪還に向けて力強く漕ぐ米川

 4年目のシーズン、主将らしいことはあまりしてこなかったという米川。しかし、国際大会と大学での競技を両立し、ここぞの場面で勝ち抜いてきた。その背中に憧れを抱いた仲間は少なくないだろう。米川の今後の目標は「オリンピック出場」。3月に行われる代表選考のレースに向けて着々とトレーニングを重ねている。まだまだ発展途上のクルーは成長することをやめない。早大の四年間で積み上げてきたものに磨きをかけ、2020年の東京オリンピックで輝く姿を見せてくれるはずだ。

(記事 佐鳥萌美、写真 石井尚紀)