うなりを上げる剛球。気合いとライバル心がぶつかり合う熱気が、ブルペン内に充満している。広島キャンプの恒例行事として…

 うなりを上げる剛球。気合いとライバル心がぶつかり合う熱気が、ブルペン内に充満している。広島キャンプの恒例行事として、初日は多くの投手がブルペン入りして投球練習を行なう。

 近年は選手の仕上がりも早く、キレのいい球がミットに収まり心地よい音を響かせる。速球を売りとする投手は「ドヤッ」と言わんばかりの真っすぐを投げ込む……。そんな熱気を帯びたブルペンで、床田寛樹(とこだ・ひろき)は静かに、そして淡々と左腕を振り続ける。空白の期間を埋める、ゼロからの戦いが幕を開けた。



2017年にルーキーながら開幕ローテーション入りを果たした床田寛樹

「僕はブルペンではたいしたことできませんから。対打者にどれだけ投げられるかだと思っています。ブルペンだけでなく、走るのも遅いので、対打者でしかアピールできない」

 そう話す床田は、ブルペンで目を引く速球派にも負けない武器を持っている。抜群の制球力に球の出どころが見えにくいフォームから繰り出すキレのある球。一昨年のルーキーイヤーに、才能の一端を見せた。

 2017年、前年優勝球団に加わった新人投手でただひとり、開幕ローテーション入りした。登板2試合目の4月12日の巨人戦(東京ドーム)でプロ初勝利を手にした。順風満帆の船出と思われたが、初勝利後の登板3試合目の4月19日、DeNA戦(マツダスタジアム)の4回。突然左ひじに痛みが走った。

「何の予兆もなかったんです。本当にあの1球まで違和感もなかった」

 4回2失点で降板。診断の結果、左肘内側筋の筋挫傷だった。保存療法を試みたものの症状が改善しなかったため、7月に「左肘関節内側側副靱帯再建手術と尺骨神経剥離手術」を受けた。手術に踏み切るまでの時間も不安に押し潰されそうだったが、長く続いたリハビリ生活もまた、苦しい日々だった。

 術後はギプスで患部を固定し、何もできない日々を過ごした。11月にキャッチボールを再開したものの、復帰までの道のりは一進一退。キャッチボールの距離は思うように伸びず、苦手とする走り込みの量は変わらずに多い。

「次、でっかいケガしたらもう辞めます。本当しんどい。もう2度とあの時には戻りたくない。何で俺、こんな苦しいことしないといけないのかって思っていた」

 それでも友人たちの励ましに支えられながら、歯を食いしばり、歩を進めることができた。何より、もう一度一軍マウンドに上がりたいという思いと、上がるんだという強い意思が前を向く力になった。

 球団への感謝の思いもある。広島は、トミー・ジョン手術とその後の復帰プログラムが確立されている米国にトレーナーやコーチを派遣するなど、リハビリ段階の投手のためにやるべきことを研究して導入。大野練習場には通常の半分の高さのマウンドも設けた。

 そして昨年8月8日、床田は476日ぶりに実戦マウンドに帰ってきた。中日二軍のクリーンアップを6球で3者凡退に切って取る再出発。持ち味の投球術は色あせていなかった。

 それどころか、1年目は線が細く見えた体はひと回り大きくなったようだ。地道なリハビリの甲斐もあって、腰回りや太ももは太くなり、投球の土台に安定感が増した印象を受けた。

 二軍での登板後は慎重に期間を空けながら、球数や投球回を制限しながら、一軍復帰への階段を上がった。一時期は佐々岡真司二軍投手コーチ(当時/現一軍投手コーチ)が「ポストシーズンの切り札になっても不思議じゃない」と期待していたが、故障明けということもあり、再発のリスク回避のため早期昇格は見送られた。

 その後、久しぶりに一軍首脳陣やチームメイトと再会した昨秋キャンプでも、健在ぶりを示し、左腕への期待は、2018年一軍ゼロ試合登板とは思えないほど膨らんでいる。

 本人は「何とか先発6番手にでも割って入っていければ」と言うが、球団関係者が2019年の開幕ローテーション候補について話す時、5番手以内に床田の名前が挙がる。

 今オフは床田にとって、プロ野球選手として過ごす”初めてのオフ”のようなものだった。それまでは練習メニューに制限があったからだ。

 このオフは「投げない間隔を空けたくなかった」と投球練習を継続した。広島で2回、先乗りしたキャンプ地・日南で2回のブルペン投球を経て、キャンプを迎えた。

「この2年間は何もしていないので、チームに貢献したい。その思いが強い」

 一軍のマウンドに上がることがゴールではない。一軍のマウンドでチームを勝利に導くことがゴールとなる。

 現時点の広島先発陣で、左腕はクリス・ジョンソンしかいない。貴重な左の先発として特長を出すために、床田は対左打者封じの武器を磨いている。制球力が持ち味も、「右の内角には投げられるのですが、左の内角はまだぼやけている」と独特な表現で左の内角球の精度に不安定さを感じている。

 また、昨秋から対角球となる外スラ(左打者への外角スライダー)も併せて精度向上に努め、磨きをかけている。

「内角を突かないと一流は抑えられない。のけぞらせるぐらいでいい。1球でも見せて(内角も)あると思わせれば、スライダーも生きると思う」

 一軍で3試合先発した2017年は右打者への被打率2割5分に対し、左打者は2割1分7厘と抑えてはいたが、「外だけでは一流の打者は抑えられない」と警戒心を高める。セ・リーグにはDeNA筒香嘉智やヤクルト青木宣親、そして広島から巨人へ移籍した丸佳浩もいる。

 ブルペンでは、実戦をイメージしながら両サイドに投げ分ける。ミットを突き破るような剛球を投げる投手と比べると、見ている者の目に留まらないかもしれない。見た目ではなく、内容で勝負。

 広島の開幕ローテーションは、昨年2冠の大瀬良大地とジョンソンのふたりが内定しているのみで、3番手以降は決まっていない。床田にとって2年ぶりの開幕ローテーション争いは、ゼロから戦いとなる。