「さすが大学生!」というより、プロ野球のチームの4番を張っている外国人選手の大砲のように見えた。「これでどうだ」とば…
「さすが大学生!」というより、プロ野球のチームの4番を張っている外国人選手の大砲のように見えた。「これでどうだ」とばかりに振り抜いた打球は、バックスクリーン方向に一直線に伸びていった。
昨年8月、神宮球場で行なわれた侍ジャパン壮行試合「高校日本代表×大学日本代表」の試合でのことだ。
大学日本代表が6-2とリードした7回裏、一死ランナーなしから打席に入った立正大の伊藤裕季也(DeNA2位指名)が、大阪桐蔭のエース柿木蓮(日本ハム5位指名)の145キロのストレートを完璧にとらえて見せた。

ドラフト2位でDeNAに入団した伊藤裕季也(写真中央)
驚いたのはそのあとだ。打球を見ながらゆっくりと走る伊藤の足どりが、三塁ベースを過ぎたあたりからはっきりと変わった。明らかに足を引きずっている。聞くところによると、数日前に自打球が足を直撃し、歩くのも難しい状態だったそうだ。その気迫にまず頭が下がったし、下半身が使えないのにあの打球を飛ばせる技術に驚かされた。
そうした志の高さは、日大三高時代から変わらない。
「裕季也さんは、高校の頃から『絶対にプロに行くんだ』と、いつも口に出して言っていました。普通は、どれだけすごい選手でも、なかなか言えることではないと思うんです。それに裕季也さんは2年の冬にネズミ(ヒジの軟骨剥離)の手術をして、春までノースローだったんです。そんな状況だったのに、恥ずかしがらず『プロに行く』と言いきっていました」
そう語ってくれたのは、日大三高で伊藤の1学年後輩の田口康輔(現・桜美林大)だ。伊藤とは寮で同室だった。
「あの頃から飛ばす力はすごかった。チームでも断トツでした。僕の1学年下に、いま広島でプレーしている坂倉将吾がいたんですが、アイツも飛ばすことにかけては群を抜いていましたが、裕季也さんの飛距離は間違いなく坂倉以上でした」
高校を卒業して立正大に進むも、3年春まで東都大学リーグの2部だった。2年春から一塁手のレギュラーとして中軸を任せられたが、あまり目立った存在ではなかった。それでも2年春から3年春までの3シーズンで打率3割6分4厘とコンスタントに好成績を挙げてきた。
感心するのは、3年秋に東都リーグの1部に昇格してからでも同じように好成績を挙げてきたことだ。3年秋から4年秋までの3シーズンの通算打率は3割5分7厘。本塁打も2部の3シーズンでは2本だったが、1部昇格以降は6本塁打。リーグのレベルが上がったにもかかわらず、持ち前の長打力をさらに伸ばし、バッティング技術も一段と向上させていた。大学4年間での伸びしろの大きさが、伊藤の”バットマン”としての非凡さを物語っている。
東都リーグの1部に昇格してからの伊藤と言えば、「タイムリーを打てる打者」というイメージが強い。
4番に定着してからは、文字どおり「4番の仕事をまっとうできる男」として、東都リーグのなかでは、亜細亜大の頓宮裕真(とんぐう・ゆうま/オリックス2位指名)と双璧の強打者と見なしていた。
僅差の二死走者なしの場面。ロング(長打)を狙っていい場面で、伊藤はきっちり仕事をしてきた。
ドラフト後の明治神宮大会のことだ。九州共立大との試合で、0-0の7回裏。ひと振りに全神経を集中したような渾身のフルスイングから打球を左中間のスタンドに持っていったバッティングは、まさに伊藤の真骨頂だった。
マウンドにいたのは同じく昨年のドラフトで広島から2位指名を受けた島内颯太郎。この先のことを考えれば、ここでしっかりと”苦手意識”を伊藤に植えつけておきたかっただろう。しかし、その思いは一瞬にして吹き飛ばされた。
「伊藤は、春にも同じような場面で上茶谷(大河)からライトにライナーで放り込んでいますからね……」
隣にいた記者が、そんなことを教えてくれた。
上茶谷と言えば、昨年のドラフトでDeNAから1位指名を受けた東洋大の剛腕だ。そして昨年の春の上茶谷は、150キロを超すストレートだけでなく、高速スライダー、フォークも唸りを上げていた時期だ。そんな難敵相手に、しかもストレートを逆方向に打てるのは、抜群のヘッドスピードとミート技術があればこそ。
現在、DeNAには宮崎敏郎というリーグ屈指の”バッティング職人”がいる。内角の140キロ台後半のボールを、両腕をたたみ込んでバットの芯でジャストミート。それだけでも相当な技術なのに、そこからボールを持ち上げスタンドに放り込む。そんな”職人芸”を踏襲できる後継者などいないと思っていたが、伊藤の技術力はそれに匹敵する。
ある球団のスカウトは、伊藤についてこう語っていた。
「たしかに、バッティングはプロの域に近いかもしれないですが、どこを守るかとなると……。あの動きでセカンドは厳しいでしょうし、足もそんなに速くない。まあ、浅村(栄斗/楽天)に見えないこともないんですけどね……」
伊藤の獲得に消極的だったスカウトたちが指摘するのは、一様に伊藤の「守備力と走力」だった。だが、前出の田口はこう証言する。
「裕季也さん、高校の頃はそんな必死にランニングメニューをやっていたわけじゃないですけど、本気で走った時のスピードは間違いなくチーム1でした」
よくスカウトが口にする「守れないとダメです」「走れない選手は一軍で使えない」のフレーズ。しかし今のプロ野球を見渡すと、山川穂高(西武)、井上晴哉(ロッテ)、岡本和真(巨人)のように、守ることと走ることを苦手にしているが卓越したバッティング技術とパワーで打線の核としてチームに貢献している選手は何人もいる。」
走攻守揃った”スーパー”ではなくても、飛び抜けた技術で私たちの胸を躍らせてくれるバットマン。それが伊藤裕季也という選手である。