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短期集中連載・昇格と降格のはざまで戦った男たち(4)~豊田陽平(サガン鳥栖)

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 12月1日、鹿島。90分が過ぎて後半アディショナルタイムに入ってから、彼はフェルナンド・トーレスとの交代でピッチに入っている。

<前から積極的にプレスし、しつこくプレスバックし、とにかく試合をクローズする>

 監督からの指示を反芻しながら、ハイボールをディフェンダーと競り合い、マイボールにした。90分間を戦って0-0。最終節の鹿島アントラーズ戦は、引き分けでJ1残留が決まる一戦だった。



フェルナンド・トーレスの控えに回り、今季は出場8試合にとどまった豊田陽平(サガン鳥栖)

 彼はサガン鳥栖というクラブを、2011年、J2からJ1に引き上げている。大柄な体躯を生かしたゴールゲッターとして注目を浴び、カップ戦を含めた年間得点では5シーズン連続で15得点以上を記録。日本代表としても2013年に東アジア選手権で優勝し、2015年のアジアカップなども戦っている。

「鳥栖で戦うことで、自分はたくさんのことを与えてもらったので、託された時間で与えられた仕事をする。それだけですよ」

 そう明るく言い切った男は、クローザーという名の時間稼ぎ役に徹して残留に貢献し、安堵の笑みを浮かべていた。

 サガン鳥栖の豊田陽平は今シーズン、「最終節で5チームに降格の可能性」という前代未聞のJ1残留戦を戦っている。シーズン途中、韓国Kリーグの蔚山現代から復帰。古巣を降格させないため、身体を張った。

「鳥栖は降格するようなチームではないですよ。せっかく自分たちでJ1に上げたチーム。外にいて、J2に落ちる姿は絶対に見たくなかった」

 豊田はその一念で戻ってきた。

 しかし苦難に喘ぐチームで、エースは脇役を演じざるを得ない状況に置かれている。クラブはFWとしてトーレスだけでなく、鹿島から元日本代表の金崎夢生も獲得。豊田はトレーニングに真剣に打ち込み、プロフェッショナリズムを見せることでしか貢献できなかった。当時のマッシモ・フィッカデンティ監督は「豊田はトーレスの控え」と頑なで、他の選択肢を持たなかったのだ。

 結局、豊田は8試合に出場したものの、すべてが途中出場。ゴールはひとつもない。

「自分は鳥栖というチームで、他の選手が点を取らせてくれたと思っているので……」

 豊田はもどかしさを隠して言う。

「豊田シフトを敷いてくれていたんだと思いますよ、自分中心のチームで。だから、ゴールすることは自分の仕事でした。ゴールすることでチームを引っ張れたし、みんなに恩を返せていたんです」

 たとえゴールすることができなくなっても、豊田は求められた役割を忠実にこなした。仲間を思い、力を出し尽くす。それが鳥栖のスピリットだからだ。

「クラブは大きくなっていくべきなんでしょうけど、鳥栖らしさみたいなのは残していってほしいですね。ピッチに立てない自分の影響力が少なくなっているのは、もどかしいですけど。鳥栖が好きで、自分はこのクラブでやってきたから」

 豊田は鳥栖への愛情を吐露している。

 クラブハウスがまだプレハブだった時代、ロッカールームは笑いで溢れていた。コの字に長いすを並べ、囲んだ中央にはマッサージが2台あった。どこかで選手がふざけ、合いの手を入れ、爆笑が起こる。治療を続ける選手も含め、選手一同が同じ空間を共有した。いつも賑やかで、隅っこは存在しなかった。「地獄」という表現がふさわしいような厳しい体力トレーニングを乗り越えた仲間同士、その絆は深まっていった。

<後半、走り負けない>

 不屈さによって勝利するたび、その自信は増した。

 しかし、資金を得たクラブは、キャリアのある選手を獲得し、施設を最新化。否応なく、変化を余儀なくされることになった。

「昔は昔ですから」

 豊田も弁(わきま)えている。しかし、譲りたくないものはある。最後まで戦いをあきらめない――。鳥栖で英雄となった男の矜持(きょうじ)だ。

「金明輝監督は、いいトレーニングをしていれば、しっかり評価してくれます。正しくなかったら、スパッといく。それは健全な競争ですよ」

 最後の5試合を3勝2分けで切り抜けられたのは、監督交代のおかげだろう。金監督とは現役時代、チームメイトだった。引退後は、家族ぐるみの付き合いをしていた。しかし監督就任の瞬間、お互いに付き合いを断った。少しでも情に流れることはプロとして正当ではないからだ。

 2019年で、豊田はクラブ在籍10年目になる。

「選手として自分に残された時間が、そんなに長くないことは感じています。でも、コンディションそのものはよくて、試合に出たらできるという自信はあるんです。今年は達成できませんでしたが、あと6点は取りますよ。それでJ1通算100点なんですよ」

 そう言って口角を上げた豊田は、硬骨なゴールゲッターの顔をしていた。