“魔球”ナックルボールについて尋ねたときのことだ。「いずれなくなる運命にあるものだと思います…
“魔球”ナックルボールについて尋ねたときのことだ。
「いずれなくなる運命にあるものだと思います」
その声の主は、迷いなく言い切った。
ナックルはボールの回転数が極端に少ないために空気抵抗を受けやすく、そのため不規則に変化する。それは投げた本人ですら「どこに行くのかわからない」と言うほどだ。まさに”魔球”であるが、それを使いこなせる投手は稀である。

ナックルボーラーになるには強い覚悟が必要だと語る大家コーチ(写真右)
MLBでは200勝を達成したティム・ウェイクフィールが代表的な存在だが、現在においては2012年にサイヤング賞を獲得したR・A・ディッキーやボストン・レッドソックスのスティーブン・ライトぐらいしか目立った使い手はいない。
日本球界もしかり。かつてロッテや巨人に所属した前田幸長は、ナックルの握りを活用したスライダーなどで活躍したものの、ナックルそのものを代名詞とするような日本人選手は出現していないというのが実情だ。
現役では、横浜DeNAベイスターズのクローザー・山﨑康晃がナックルを投げることができる。しかしプロになってからは、ルーキーイヤーの2015年のオープン戦、またオールスター戦といった舞台でしか投げていない。
そんな山﨑になぜナックルを投げるのを止めたのか尋ねてみた。
「ほかの球種とは異なり、ボールに指をかけない特殊な握り方なので、指先の感覚が変わってしまうんです。ほかのボールにも影響が出てしまい、これは使えないなという判断になりました」
シビアなプロの世界。捨てなければいけないものも当然ある。山﨑は帝京高校入学時からナックルを使い始め、亜細亜大学でも活用していたが、そもそもどうして魔球に手を出そうと思ったのだろうか。
「ライバルに差をつけるために、何か特化したものをつくらないといけないと思って取り組んだボールなんです。じつは中学から高校に上がり軟式から硬式になったとき、変化球が投げられなくなって、たまたま最初に投げられるようになったのがナックルだったんです」
そしてもうひとり、DeNAにはナックルを投げられる人間がいる。それは冒頭のコメントの声の主でもある、今季から二軍ピッチングコーチを務める大家友和だ。
大家は1998年にベイスターズを自由契約となりアメリカへ渡ると、紆余曲折がありながらもメジャー通算202試合に登板し51勝をマークした。
その後ベイスターズに復帰して2年間を過ごすと、2013年から日米独立リーグでプレー。大家がナックルを体得しようと思ったのはこの独立リーグ時代のことだ。
理由はいくつかあったが、故障により球威の回復が見込めないこと、レッドソックス時代にウェイクフィールドと同僚で、キャッチボールをして興味を持ったことが挙げられる。野球選手として生き残りをかけた決死の選択であり、目指すは日本よりもナックルへの理解が深いMLBだった。
しかしその習得は困難を極めた。詳しい投げ方がわからなければ、教えてくれる人もいない。自ら研究し、思索を巡らせ、誠心誠意ナックルと向かい合うしかなかった。
漆黒の闇夜を手探りで進むような努力の結果、ナックルボーラーとなった大家は2014年にトロント・ブルージェイズのキャンプに招かれ、さらに2016年にはボルティモア・オリオールズとマイナー契約を結ぶに至った。
そして翌年のキャンプに参加するも、戦力外通告を受け、41歳で現役引退を決意。ナックルボーラーとしてメジャー復帰には至らなかったものの、誰にも真似のできない道のりを歩んだ24年間のプロ生活だった。
大家はナックルを「投げるのに資格が必要なボール」だと断言する。
「簡単に投げられないのは僕が一番わかっているし、伝えたところでナックルを本当に理解する人は出てこないと思っているんです。考えられない領域にあるというか、だから僕はナックルを教えることはできませんし、教えるつもりもないんです」
かつて大家に教えを請うた選手がいたという。その選手にはかなりの覚悟はあり、大家もやるのかと何度も念押ししたというが結局、習得するには至らなかったという。
「とにかくいろんな資格が必要なんです。『簡単ではない』とひと言では言えますが、みなさんには理解してもらう言葉が見つからないほどとても深いんです」
気象条件も大きな要素だという。存在と知識と倫理のようなものが交錯する大家の話はまるで哲学のようだ。ゆえに「いずれなくなる運命」と述べるに至ったのだろう。
「ただ、なくなったとしてもまた投げたい人が現れるかもしれない。その人に資格があるかはわからない。資格を持った人間でなければ投げることは叶いません。そこには奇跡的な出会いが必要なんです」
前出の山﨑に大家の話を伝えると、しばし宙をにらみ思案すると、慎重に言葉を口にした。
「わからないこともないのですが、僕自身ずっと投げきているわけではないので、掴めるようで掴めない話ですね。ただ、ナックルはつきっきりで付き合わないと難しいボールだということは間違いないと思います。勉強して、練習をして、関係を深める。あれだけで勝負しようという強い覚悟がなければいけないボールだと思いますね」
バットを振る打者はもちろん、投げる人間の深層心理までをも困惑させるまさに生き物のごとく異彩を発する”魔球”。果たして今後、日本の公式戦で見られる日は訪れるのだろうか。