「時は来た!ドラフト指名を待つ男たち」

市川悠太(いちかわゆうた)明徳義塾
185センチ 75キロ
投手 右投右打
2001年3月29日生まれ
【写真提供=共同通信社】

 

 サイドハンドから最速149キロのストレートを投げる。平均しても130キロ後半から140キロ前半のスピードを出す高校生変速ピッチャーは初めてではないか。130キロのスライダー、スプリットなどほとんどの変化球を操る。右打者のインコースへのシュートも厳しい。『明徳史上最高の投手』と言う関係者が多い。

 U18アジア選手権の代表に唯一、この夏の甲子園に出場できなかった選手の中から選ばれた。その稀有なスタイル、2年半の実績が評価された。大会そのものは予選ラウンドの1イニングだけの登板。3者三振に切って取ったが満足のいくものではなかっただろう。

 高知市生まれ、中学では軟式野球部に所属し、県の代表選手になった。明徳では1年秋にベンチ入り、2年のセンバツは登板機会がなかった。体が横回転だったため、馬淵監督の勧めもあってスリークォーターからサイドスローに改良した。夏の1回戦で甲子園初登板。日大山形戦、3対3の6回から7イニングを投げ、延長を制して勝ち投手に。2回戦の前橋育英戦では先発して7イニング好投したが援護がなく1対3で敗れた。2年秋は公式戦11試合のすべてを完投。県大会優勝、明治神宮大会で大阪桐蔭を破った創成館を決勝で完封し、優勝した。

3年のセンバツはドラマチックだった。1回戦、中央学院に9回、逆転サヨナラ3ランで勝ったが、2回戦、日本航空石川に1対0から9回裏、逆転サヨナラ3ランを喫して敗退した。
3年夏は県大会決勝、予想に反して高知商に打ち込まれ10失点。9年連続出場を逃した。
センバツで優勝候補に挙げられていたが、スプリットが落ちなかったため、土壇場で手痛い一発に。スプリット、シンカーなど落ちるボールの完成度を高めることが課題。

 ヒジのしなりは天性で、躍動感を伴って体全体を沈ませながら、勢いよく振り出された腕でボールに球威を与えれいる。本人は「まだ、フォームは固まっていない。もっとスピードは出ると思う」。

 最後の夏、市川を中心にした明徳は実力を秘めていた。しかし甲子園の舞台を断たれた。プロのステージでもっと輝きたいはずだ。
長くプロ野球でプレーしたい、そうだ。引退後も球団に残れるような社会性も身につけたい、のだという。意外に現実派でもある。

(文・清水岳志)