連載第19回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち証言者・森大輔(3)七尾工から三菱ふそう川崎に進み、順調に…

連載第19回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・森大輔(3)



七尾工から三菱ふそう川崎に進み、順調に成長を遂げていた森大輔だったが......

「19歳、20歳の頃は怖いものは何もありませんでした。プロでは杉内(俊哉)さん、和田(毅)さん、岩瀬(仁紀)さんといった左ピッチャーが活躍していましたけど、負ける気はまったくありませんでした。『早く同じマウンドに立たせてくれ』と思っていました」

 森大輔は16年前の自分の心境を掘り起こした後、おどけるように「たぶん過信も入っていたのだと思います」と付け加えた。

 無名の七尾工業から社会人の名門・三菱ふそう川崎に進んで2年目。森は本格開花の時を迎えていた。

 5月のベーブ・ルース杯ではMVPを獲得。最速149キロを計測しただけでなく、相手打者の心理が手に取るようにわかり、どんな球種も狙ったところに投げることができた。

 大会後にはアジア大会に向けた日本代表候補合宿に参加し、実力をアピール。プロアマ混合チームのため社会人選手にとっては狭き門だったが、森は当然のように代表に選出された。

「今だから言えることですが、合宿では遊んでいました。実戦でわざと3ボールにしてから三振を取ったり......」

 アジア大会では開幕前に肩を痛めたため大事を取って出番はなかったが、大会中には本格投球ができるほどの軽症だった。社会人2年目のシーズン通算防御率は0点台。絵に描いたような順調ぶりだった。

 そして、いよいよドラフト解禁となる社会人3年目のシーズンがやってくる。

 異変はヒジからやってきた。3月最初の公式戦である東京スポニチ大会。初戦の日本生命戦に先発した森は、試合中に左ヒジに違和感を覚える。

「なんかおかしいな......と。痛いというより、重い。試合は勝ったのですが、初めての感じだったので、チームの首脳陣には『ちょっと休ませてください』と伝えました」

 スポニチ大会ではその後の出番はなかったが、直後の日立市長杯でも森は先発起用を言い渡される。ヒジの違和感が残っていることを伝えた森に、ある首脳陣からの心ない言葉が突き刺さった。

「今年プロに行くことを意識してるんじゃないよ」

 折しも、森のヒジの違和感についてチーム内で「プロ球団から『痛いと言え』と言われているんじゃないか?」という疑念が広まっていた。そんな事実はなかったが、森は疑念を払拭するため、登板することにした。

 小雪が舞う日立のグラウンド。気温は低く、ヒジは重い。そんな悪条件が重なったためか、森はキャッチボールから「何かおかしいな?」と感じていた。キャッチャーに投げるのが怖く感じるのだ。

 ブルペンに入る。捕手を座らせて腕を振る。ストライクゾーンに投げている感覚なのに、ショートバウンドする。おかしいと思いながら次の球を投げる。再びショートバウンドする......。その繰り返しだった。約40球の投球練習のほとんどがショートバウンドになった。ベテランのキャッチャーは「わざとやってるんだろ?」と笑った。

 試合が始まると、「アドレナリンが出たのだと思う」と本人が振り返るように、全球ショートバウンドということはなかった。6回を投げて1失点。十分な結果に見えるだろう。しかし、森は言う。

「フォアボールを13~14個出したのに、奇跡的に1点で収まったんです」

 そして、森は力なく続けた。

「その試合から投げるのが怖くなったんです」

 それは怖いもの知らずで投げてきた20歳の青年にとって、初めて抱く感情だった。

「イップス」という言葉は知っていた。社会人2年目に、都市対抗野球大会の補強選手として加入したチームである出来事があった。

 左投手の先輩が、「投内連係」と呼ばれる投手と内野手による連係プレーの練習が始まる直前、いつも嘔吐(おうと)していた。「どうしたんですか?」と森が聞くと、先輩は「あれだけはできないんだよ......」と力なく答えた。腑に落ちない森は「あんなの捕って投げればいいじゃないですか。キャッチボールと一緒ですよ!」と言った。

 実際に投内連係が始まると、その先輩は送球エラーを繰り返した。「思っていることと起きていることが違うんだよ」と先輩は言った。それが、森が初めて知るイップスだった。

 森は社会人3年目になり、その先輩の言葉の意味を知ったような気がした。できれば知りたくないことだった。

 思い当たる節はあった。スポニチ大会の前、森はこんなニュースを目にする。

「西武・松坂大輔がキャンプで365球の投げ込み」

 松坂のポスターを自室に貼るほど意識していた森は、「俺も投げる!」と思い立った。この練習法が森には合わなかったのかもしれない。

「今までは豪快に投げていたんですけど、365球を投げるには全球全力で投げるわけにもいかないじゃないですか。ステップ幅も狭くなるし、腕の振り、体重移動の勢い、マウンドでのオーラは全部弱まります。そんなフォームを体に覚え込ませてしまったのかなと。それが試合になったときのフォームと、感覚のズレを引き起こしたんじゃないかと思うんです」

 勝負の3年目。それなのに、森の姿はマウンドではなく、バックネット裏にあった。投げては四球を繰り返す森に登板の機会があるはずもなく、対戦チームのデータを取っていたのだ。ドラフト候補がやる仕事ではなかった。

 たとえ体を休めても、グラウンドに戻れば再び恐怖とヒジの痛みがセットになって襲ってくる。症状が悪化すればするほど、森は孤独になっていった。

「伸びていた鼻をこっぱみじんに折られて、『何やってんだ、オレ』と思いながら、毎日がストレスでしたね。チーム内でも浮いていました。それまでは『オレはやる!』と一匹狼でやってきたので、周りに相談できるような人もいませんでした。そのまま距離を置かれるようになって......。『あいつ、プロ無理だろ?』という声も聞こえてきました」

 登板機会がほとんどないまま社会人3年目のシーズンが進み、いよいよドラフト会議は目の前に迫っていた。そして森は、高校3年時に密約を交わした横浜に入団すべきかどうか、頭を悩ませる日々に突入するのだった。

(つづく)

※「イップス」とは
野球における「イップス」とは、主に投げる動作について使われる言葉。症状は個人差があるが、もともとボールをコントロールできていたプレーヤーが、自分の思うように投げられなくなってしまうことを指す。症状が悪化すると、投球動作そのものが変質してしまうケースもある。もともとはゴルフ競技で使われていた言葉だったが、今やイップスの存在は野球や他スポーツでも市民権を得た感がある。