平成最後のペナントレースで、史上最大級の逆転ドラマは起きるのか――。 パ・リーグの首位争いである。目覚めた鷹が逃げ…

 平成最後のペナントレースで、史上最大級の逆転ドラマは起きるのか――。

 パ・リーグの首位争いである。目覚めた鷹が逃げる獅子を狩るかもしれない。夏場以降、福岡ソフトバンクホークスが首位を独走していた西武ライオンズを猛烈に追い上げている。8月11日時点で最大「11.5」あった両リームのゲーム差はみるみるうちに縮まった。



8月に4勝0敗、防御率0.86の好成績を挙げ月間MVPに輝いた千賀滉大

 プロ野球の歴史を振り返っても、10ゲーム差以上を逆転して優勝した例は7回あるが、うち6回は最大ゲーム差をつけられたのが7月以前だった。唯一、2011年の中日が8月3日の時点で10ゲーム差あり、そこからひっくり返したことがあったが、その年は東日本大震災の影響で開幕が4月中旬までずれ込んでいた。

 ソフトバンクと西武の「11.5」のゲーム差も含めて考慮すれば、プロ野球史上空前の「メークドラマ」となる可能性もあるのだ。

 戦力が整えば、やはり王者は強い。今季は投打の主力に「これでもか」というほど離脱者が相次いだが、ここにきて軸となるべき選手が本来の働きを見せている。なかでも、エース格である千賀滉大(こうだい)が復調したことが大きい。

 猛追開始となった8月、千賀は4試合に先発して4勝0敗、防御率0.86と会心のピッチングを見せた。17日のオリックス戦では、これまで達成していないのが意外だったが”プロ初完封”も飾った。

「完封は正直、意識していませんでした。あの試合は点差(9-0)も開いていましたし……それよりも上位を相手に、しかもどちらもカード初戦で勝てた試合の方が大きかったと思います」

 千賀が挙げた試合は、10日の日本ハム戦と24日の西武戦だ。とくに西武戦では、3年連続2ケタ勝利となる10勝目を挙げた。

「中継ぎで勝っている人もいますからね。”石川柊太様”には勝ちたい」

 千賀は対戦相手よりも自分自身と戦うタイプだ。「フォームやコンディションが自分の感覚と合っているかどうか」を常に気にかけている。

 そんな千賀があえてライバル視する石川柊太(しゅうた)は、今季5年目の右腕である。昨シーズンに彗星のごとく現れて8勝をマークすると、今季は自身初の2ケタ勝利を飾った。10勝到達は千賀よりも1日早く、チーム一番乗りだった。夏以降は中継ぎに回っているものの、工藤公康監督からは「とくに前半戦の投手陣ではMVP的存在」と評された。

 このふたりは、ともに育成ドラフトから這い上がってきたという意味で境遇が似ている。ただ、意識する理由はそれだけではない。

 彼らはオフの期間、一緒に自主トレを行なう仲間でもあるのだ。もともと千賀が、プロ1年目のオフから通う合宿に石川を誘ったのがきっかけだった。

 その自主トレ合宿を主宰するのが「鴻江スポーツアカデミー」代表でアスリートコンサルタントの鴻江寿治(こうのえ・ひさお)氏である。

 鴻江氏はさまざまな施術やトレーニングのノウハウから”鴻江理論”を確立し、それに基づいた”骨幹理論”を提唱。人間の体は、うで体(猫背型)とあし体(反り腰型)に分かれており、それぞれに合った体の使い方をすることでパフォーマンスが上がるというのだ。

 鴻江氏は千賀について、「あし体の代表例」と説明する。

 たとえば、千賀は走者がいない場面でもセットポジションから投げる。あし体は下半身から始動してタイミングを取る方が、スムーズに体が動くのである。

「右かかとで”ポン”とリズムをつくってから、左足を上げるのはそのためです」

 鴻江氏が最初に千賀に出会った時は、まだ背番号128の育成選手だった。あの当時は大きく振りかぶって投げるワインドアップ投法だった。鴻江氏の理論に基づけば、上半身始動のそのフォームは、「あし体」ではなく「うで体」タイプに合う体の使い方だった。

「(千賀に)あし体の基礎的な投げ方を教えていくと、私も驚くほどの速さで成長を遂げていきました」



今シーズン、自身初の2ケタ勝利をマークした石川柊太

 あし体の投手に適した投球フォームとは――あくまで一例だが、次のような体の使い方になる(右投手の場合)。

・左足を上げる際、つま先は地面の方に向けておく

・母子球から着地。かかとで体を回す

・踏み出す左足はインステップしても大丈夫

・腰は横回転となる

・グラブを持つ左手の甲を捕手に向ける

・最初に余計な力を入れず、ゼロから100のイメージ

・左足が地面に着いた時点から下半身に力を込め始める

・右腕は自ら振りにいくのではなく勝手に振れる

・指先は水を切るように、走らせるイメージ

 またストレートの握りは、通常よりも少し左側にずらして、中指がボールの中心にくるように握る。一見シュートのようだが、実際はシュートせずにボールにはタテの回転が生まれる。中指は指の中で一番長く、そのため最大限に指先の力をボールに伝えることができるのだ。これによって、千賀は球界トップレベルの回転数を記録するようになった。

 そして、一方の石川である。

 2013年、育成ドラフト1位で入団し、3年間は一軍実績ゼロ。同じ背番号3ケタの境遇からスターダムへ上り詰めた千賀よりも1歳年上だが、当然のように目標とする存在だった。

 千賀とは常日頃からフォームについて意見交換していたという。千賀が振り返る。

「鴻江先生の自主トレ合宿はただ練習をするのではなく、自分でしっかり考えながらやる場所。とても頭を使うし、普段からフォームのことを真剣に考えている人じゃないと無理。石川さんならば、大丈夫だと思った」

 それで2016年1月の合宿に、石川を誘ったのだ。

「石川くん、君は逆のことをやっているよ。このままだと体を壊してしまう」

 合宿初日、石川は鴻江氏からいきなり”ダメ出し”を食らってしまう。鴻江氏が説明する。

「彼は千賀投手を目標にしていたので、投球フォームも参考にしていたようです。しかし、それが伸び悩みの原因でした。石川投手は”うで体”タイプ。逆のことをすれば、せっかくの能力を発揮できないだけでなく、ケガにもつながってしまうおそれがあるのです」

 うで体に合った体の使い方を教わった石川は、それからたった数分後で驚くべき変化が出た。それまで高めにしかいかなかったボールがバンバンと低めに決まる。しかも球威は変わらず、グンと伸びる球筋だ。

 あし体の投手に適したフォームとは――これもあくまで一例だが、次のようになる(右投手の場合)。

・始動は上半身から。ラインは左肩で作る

・グラブを体から離して懐を作っておく

・トルネードのように左足を上げる

・手の位置は高く、体から離して大きく回すのがポイント

・最初から100の力を貯めておく

・左足はインステップせずに真っ直ぐ着地。かかとからつま先へと着いていく

・腰は縦回転

・右腕は大きく振る。「腕を振る」ことが大切

・投げる際、グラブは小指に力を入れ、リンゴをもぎるように引き寄せる

 また、ボールは通常の握り方。テイクバックを大きくとるにはその方が適しているとされている。

 そして育成選手時代は右肩などの故障で苦しんだことも成長の妨げになっていたが、この2年間は大きなケガをすることなく第一線で活躍を続けている。

「自分を知り、自分の進むべき道を見つければ、人は自分の能力の中で一気に成長を果たしていくのです」(鴻江氏)

 さて、ソフトバンク逆転Ⅴの奇跡の使者となるべく、千賀と石川がこれから迎える大一番でどんな投球を発揮するのか。

 西武との直接対決は9月15~17日、27~29日(いずれもメットライフドーム)、10月6日(ヤフオクドーム)と、まだ7試合残っており、球史に残る天下分け目の大決戦として盛り上がること必至だ。