八回裏1死一、二塁。バッターは6番の高橋佑輔。初球だった。
「真っすぐを狙っていたんです。でも、打ったボールは覚えてません。多分、変化球です」
 逆転3ランを放って5対4と試合をひっくり返す一打。高橋の声はお立ち台で弾んでいた。

【写真提供=共同通信社】金足農-横浜 8回裏金足農1死一、二塁、高橋が中越えに決勝の逆転3ランを放つ。捕手角田=甲子園

 金足農対横浜の3回戦。勝てばベスト8進出が決まる日。前日、前線の影響で雨が降って、この日の近畿地方は秋の高気圧に覆われていて、しのぎやすい天候。夏の風、浜風ではなく、バックネットからセンター方向に強い風が吹いていた。これが勝負の行方を演出した。

 今大会ナンバー右腕、金足農のピッチャー・吉田輝星対横浜打線が焦点だった。
 ゲーム前の横浜・平田徹監督。
「気迫満点のピッチャー。粘りもある。球種を絞るというよりも軸のブレないスイングで振り負けないこと。1点の重みのあるゲームになる」
 横浜打線に立ち向かう吉田は気合い十分だった。
「1、2回戦と違うピッチングをしないと抑えられないと思う。縦の変化を使わないと厳しい。意識してスプリットを投げたい。最初から全力投球、トップギアでいきます」

横浜打線がいきなり襲いかかる。一回、先頭の山崎拳登がライトオーバーのスリーベース。2番の河原木皇太のファーストゴロの間に山崎が生還して、6球であっさり先制する。なおも3、4番の連打と四球の満塁から吉田がワイルドピッチ。横浜に2点目が入った。
吉田はトップギアなら140キロ後半の数字が出ているはずが、球速が上がらない。そのストレートを横浜が狙った。
ここから吉田はスプリットやスライダーを多投した。三回、四回、五回には120キロ台のスプリットで空振り三振を奪った。
3三振を喫した横浜・長南有航が言う。
「吉田くんの真っすぐは今まで対戦したピッチャーの中で一番、いいと思います。さらに変化球が予想以上に良くて的を絞ることができなかった」

金足農の中泉一豊監督は冷静に見ていた。
「初回の2点は高めを打たれたもの。低めに修正できれば、慌てることはない。ランナーを出しても粘り強く投げてくれた。追加点を与えなかったのが大きかった」
 吉田がマウンドで要所を閉めれば、自身のバッティングで追いつく。
 三回裏、2番の佐々木大夢がライトへのスリーベース。3番の吉田がセンターへの飛球を放つ。
 センターを守っていたのが万波中生。打球を目で追いながら、一歩づつ下がる。ジャンプして伸ばした左手の先のフェンスをボールが超えた。
「立っているだけでも感じる強い風だった。センターフライだと思って、普通に取れると思ったのに風がすごかった」
 2対2の振り出しに戻った。

 横浜の先発、板川佳矢も四回から七回まで内野安打2本を許しただけ。横浜は六回に9番の遠藤圭吾、七回に6番、角田康生のタイムリーで4対2とする。吉田は六回途中で100球を超えて球威が落ちていた。
 そして金足農の八回を迎える。

 3番吉田と4番の打川和輝の連続ヒット。この場面、金足農の常道策は送りバント。ところが五番の大友朝陽のバントはピッチャーフライになって失敗した。
 バッターは6番。中泉監督が高橋の打席を振り返る。
「振り切ろう、と伝言しました。高橋はバッティングを期待している選手。気持ちのスイッチの切り替えが早い。バント失敗でスイッチが変わってると思った」
 そして冒頭のシーン、高橋は満面笑みだった。
「まっすぐを待っていましたが、覚えてないけど、多分、変化球です。練習試合、公式戦通じて初めてのホームランです。テレビに吉田じゃなくて自分が出るためにはどうすればいいかと聞いたら4打席連続本塁打と言われた(笑)」

 中泉監督にはデジャブだったに違いない。
「ベンチも沈んでいなかった。吉田と同じようなホームランで、行ったかな、と見てました」
「フォークが上ずったところを打たれた」と投じた板川。
7回からセンターの守備についた横浜の小泉龍之介がボールを見ながら後ずさりする。腕がフェンスについた。ボールはバックスクリーンに吸い込まれていった。
「最初、センターフライだと思いましたが打球が伸びました」
この時も風が吹いていた。
小泉はこうも言う。
「八回表にスクイズを失敗したので、そのせいで流れが相手にいったのかと思う」
 数分前の1死三塁の攻撃でスクイズを失敗していた。それを気にしながらボールを見送っていたのだ。

 9回表、吉田は自身最速150キロを記録するなど3者三振に斬ってとる。
「高橋のホームランの時はセカンドランナーでした。打った瞬間、入ったと思いました。仲間が一発で決めてくれたので、自分も3者三振の一発で決めようと。力以上のものを仲間が引き出してくれた」

 ゲーム後、敗れた横浜の平田監督。
「まさかという展開で、整理がつかない。三回戦で負けるつもりではなかったので。もういいですか・・・」とインタビューも途中で切り上げた。触れていた1点の重み。さらに1球の行方を風が左右した。湿度の高い猛暑の夏だが、この日は乾いた風が吹いていた。

(文・清水岳志)