日本代表FWとして平昌五輪にも出場した足立友里恵 長らくアイスホッケー女子日本代表「スマイルジャパン」の一員として活躍してきた足立友里恵。2014年ソチ五輪では自力での五輪初出場に貢献。今年2月の平昌五輪では、悲願の五輪初勝利を含む2勝…



日本代表FWとして平昌五輪にも出場した足立友里恵

 長らくアイスホッケー女子日本代表「スマイルジャパン」の一員として活躍してきた足立友里恵。2014年ソチ五輪では自力での五輪初出場に貢献。今年2月の平昌五輪では、悲願の五輪初勝利を含む2勝を挙げ6位となったチームを支えた。また、その愛らしい笑顔に加え、OLとの二足のわらじを履きながら競技を続けてきたことでも注目され、たびたび”美女アスリート”としてメディアにも取り上げられてきた。

 だが、そんな彼女も今年4月に33歳となり、2017-18シーズンをもって現役生活に区切りをつけることになった。

 2003年から約16年にわたって日本代表でプレーし、所属するSEIBUプリンセスラビッツでは長く主将も務めてきた彼女はいま、何を思っているのか。女子アイスホッケーを広めるため、スマイルジャパンの広報役も担ってきた”氷上のビーナス”に、現役生活を振り返るとともに、今後について聞いた。

――平昌五輪で悲願の勝利を挙げただけでなく、SEIBUプリンセスラビッツでも2冠(日本リーグ、全日本選手権)。最高の形で現役最後のシーズンを終えられたのではないですか?

「日本リーグの6連覇を決めたあと、全日本選手権でも優勝できて、すごくいい形でシーズンを終えられました。あらためて、引退するにはベストのタイミングだったのかなと思います」

――平昌五輪の前から「最後の五輪になると思う」と発言していましたが、実際に引退を決めたのはいつだったのですか。

「最終的に決めたのは、シーズンが終わり、オフに入ってからです。ソチのときもやめようかなという思いがあったのですが、いざ初めての五輪を経験したら、次も絶対やりたいという気持ちが強く湧いてきた。平昌に行く前は、これが最後という思いはありましたが、実際そのときにどんな思いになるかはわからないと思って、すべて終わってからゆっくり考えようと思っていたんです。正直、平昌が終わったばかりの頃は、もっとやりたい気持ちもあったんです。でも、年齢や今後の人生のことなど長い目で考えると、いまがベストかなと……」

――例年なら6月から新シーズンが始まります。そろそろ引退したことを実感している頃ではないですか。

「そうですね。最初はただのオフみたいな感じだったのですが、最近はやっぱり筋肉も落ちてきて、周りの人からも『痩せたでしょ?』なんて言われることも多く、やめたんだって感じています。実際に体重を計ったら、結構減っていました(笑)。

 いままでは合宿や遠征がないときは、週5日仕事して、週6日は練習。基本は8時から17時45分までフルタイムで働き、毎日仕事が終わると大急ぎで家に戻って、着替えて防具を持って練習に行くという日々だったので、仕事が終わって『もう急がなくていいんだ』『もう走らなくていいんだ』って、ホッとしています」

――アイスホッケーロスというか、寂しさを感じることはないですか。

「たまに目標がなくなった寂しさを感じることはあります。いままではアイスホッケーしかやってこなかったというか、ほかに何かを考える暇もなかったので。今後何ができるかは、ゆっくり考えたいと思っています」

 平昌五輪では、初戦でスウェーデンに1-2と惜敗すると、前回ソチ大会銅メダルのスイスにも1-3と敗れ、決勝トーナメント(準々決勝)進出の可能性は潰えた。ただ、その後1次リーグ最終戦で韓国と北朝鮮の合同チームに勝利し、悲願の五輪初勝利を挙げると、順位決定戦でスウェーデンとの再戦を延長の末2-1で制し、通算2勝3敗の6位で終えた。どの試合でもチャンスの数では上回っていただけに、スマイルジャパンの健闘が光ったともいえた。なにしろ、日本は自国開催だった98年長野五輪とソチ五輪は、ともに5戦全敗だったのだ。

――平昌五輪を振り返って、いまどんな思いですか。

「最低でも決勝トーナメントには行きたかったし、本気でメダルを狙えると思っていたので、チームとしても個人としても、『もうちょっとやれたかな』という思いが強いです。個人的にはソチからの3年間は本当に楽しくできて、この年齢になってもまだ成長できることを感じていたのですが、最後の1年はケガもあったりして、自分のベストかというと、そうじゃなかった。ただ、そのなかでベターなプレーはできましたし、2勝したことを周囲の人が喜んでくれたので、いい思い出になりました」

――日本のほうがチャンスを作りながら、強豪チームは決定力が違いました。

「やっぱり海外の選手はシュートに力がありますね。それにスイスなんて、それまでのデータから、バックチェックをしてこないと思っていたら、すごくしつこくしてきた。試合前は、ほとんどの時間を日本が攻めて、相手のGKをどう崩すかだけだと思っていたら、全然違ったんです。だから、インターバルの控え室ではみんな『むっちゃバックチェックしてくるじゃん!』って感じで(笑)。スイスにしてもスウェーデンにしても、それまでの交流試合とは本気度というか戦い方が違って、これが五輪かとあらためて感じる部分もありました。

 アメリカとカナダの決勝は現地で見ましたが、ちょっと次元が違いました。ただ、日本も3位なら狙えるところまできていると思うので、次の北京では絶対にメダルを獲ってほしいです。いまの若い選手は体も大きく、自分にないものをたくさん持っています。小さい頃から海外の試合の動画などを見て研究している選手も多く、頼もしい。(SEIBUプリンセスラビッツで主将を引き継いだ)床秦留可(とこはるか)なんて、シュートはパワフルだし、細かいプレーもできて、一緒にやっていて、すごいなと思うことばかりでした」

――平昌五輪で、アイスホッケー以外で印象に残っていることなどはありましたか?

「スピードスケートのマススタートとチームパシュートで2つの金メダルを獲った高木菜那ちゃんはすごかったですよね。身近と言ったら失礼なのですが、ソチ五輪の頃からイベントで顔を合わすこともありましたし、SNSなどでつながっていたので、そういう選手が頑張っている姿を見て、本当に感動しました。選手村で会ったときに、すごくいい表情をしていましたし、やっぱり金メダルを獲る選手は輝いているなと思いました」

――長い現役生活で、いちばん印象に残っていることはなんでしょう?

「2003年に高校生で代表に入った頃は、先輩たちが怖かったですね(笑)。印象的な出来事はいろいろありますが、1つ挙げるならソチ五輪。その前のバンクーバーは予選の最終戦で中国に勝てば出場が決まるなか、負けてしまい出られなかった。それだけにソチの出場が決まったときはうれしかったです。本番では試合とは全然関係ないんですが、選手村や食事会場の雰囲気ですら感動しっ放しでした(笑)。

 ロシアではアイスホッケーが人気で、試合会場もいままで経験したことのない空気感に包まれていました。平昌に比べても規模が大きったような記憶があり、『ロシア! ロシア!』という地元ファンの大声援はいまも耳に残っています。試合についていえば、みんな初めての五輪でフワフワした気持ちで入ってしまった部分があったと思います。それに比べると、平昌では多くの選手が1度五輪を経験していたこともあって、緊張もそれほどなく、試合に向けていい形で集中できていたと思います」

――今後、何かやってみたいことなどがあれば聞かせてください。

「基本はお仕事を続けながら、今後もアイスホッケーに関わっていけたらと思っています。ただ、何をやるにもちゃんとやりたくて、たとえばコーチをやるにしても勉強が必要だと思っています。解説なども興味があって、チャンスがあればやってみたい。ただ、それも勉強が必要ですし、アイスホッケーの放送は4年に1度、五輪のときくらいしかないのですが……(苦笑)」

――メディアに取り上げられることも多かったですが、やはりマイナー感の強いアイスホッケーを広めたいという思いは強いですか?

「オリンピアンのイベントなどに参加させてもらう予定もありますし、外からアイスホッケーを広められたらと思っています。子どもが好きなので、教室などで話をするのもいいですし、少しでも多くの人がアイスホッケーに興味を持ってくれるような活動ができたら、と。


足立友里恵

 1985年生まれ、北海道札幌市出身。兄の影響で小学生からアイスホッケーをはじめ、高校2年生で日本代表に初選出される。大学進学にともない、東京のコクドレディース(現SIEBUプリンセスラビッツ)へ移籍。2011年から同チームの主将を務め、FWとして日本リーグ6連覇などに貢献。14年ソチ五輪、18年平昌五輪出場。

 もし自分が現役だったら、競技人口が増えて競争が大変になってしまうのは嫌なんですが(笑)、アイスホッケーのレベルアップのためには競技人口を増やすことが一番。アイスホッケーって、生で見るとスピードや迫力があって本当に面白いので、ぜひ会場に足を運んでほしいです」

――現役を辞められたからこそ得られる楽しみはありそうですか。

「これまでは、どこかに行ったとしても遠征ばかりだったので、自由に旅行をしてみたいですね。それと、本当に家にいる時間がなくて、休みの日があったとしても疲れて寝ているだけだったので、旦那さんにご飯を作ってあげたり、2人でのんびり過ごしたいです。この時期は暑いし、陸トレはキツいのですが、みんな今頃やっているかもしれない。私も汗だくでウェイトとかやっていましたが、それも懐かしいですね」

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