【連載】チームを変えるコーチの言葉~埼玉西武ライオンズ 作戦コーチ・橋上秀樹(1)() マシンガンにピストル、ミサイ…
【連載】チームを変えるコーチの言葉~埼玉西武ライオンズ 作戦コーチ・橋上秀樹(1)
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マシンガンにピストル、ミサイルにダイナマイト、果ては水爆まで──。プロ野球の強力打線には物騒な異名が付き物だが、現時点、12球団一の得点力を誇る2018年の西武打線には”山賊(さんぞく)”が定着しつつある。
武器や兵器ではないが、山賊は山中を根城に人を襲う盗賊だけに物騒なことに変わりなく、これは西武の前身、太平洋クラブ時代の異名がリバイバルしたものだ。

かつてWBC日本代表の戦略コーチも務めたことがある橋上秀樹
1975年、選手兼任監督の江藤慎一が打撃主体の豪快な野球を標榜し、本塁打王の土井正博、首位打者の白仁天(はく・じんてん)を中心に1番から7番まで一発のある打者を並べた。結果、リーグトップのチーム打率.261、同2位の135本塁打を記録して”山賊”打線と呼ばれたのだった。
もっとも、西武”山賊”打線は43年前と違って、ただ豪快なだけではない。現状で盗塁数がリーグトップで足も存分に生かされ、四球数もトップで、出塁率は断トツ。
決して、各選手の打力に任せた打線ではないのだが、その打線を陰で支えてきたコーチがいる。就任して3年目となる作戦コーチの橋上秀樹だ。一指導者として、今年の打線の状態をどう見ているのだろう。
「指導に関して、特別に変えたところはありません。昨年、パ・リーグのなかでは攻撃陣の数字が図抜けてよかったですから。機動力も使えていますし、選球眼であったり、打席で粘ることであったり、打つ以外のことも意識づけできているので。
ただ、他の5球団はうちの打線が脅威なわけで、当然、研究してきてます。その上で、たとえば、ある選手の弱点を見つけられた、ということがデータ上で現れて、なおかつその選手に迷いが生じたときにはアドバイスすることはあります」
そう語る橋上はヤクルトでの現役時代、”ID野球”を掲げた監督・野村克也の薫陶を受け、引退後は楽天、巨人などでコーチを歴任。指導に当たっては常にデータを活用してきた理論派だ。
2015年オフに西武から請われた際には、「大味な打線の体質改善」を求められたという。
「まず『三振を減らしてほしい』というのが第一でした。私が就任したその年、西武はチームで1200個近い三振をしていて、12球団で最も多かった。じゃあ、いかに数を減らせるかといったら、選手の意識を変えなきゃどうしようもない。
ただ、かといって、三振を減らすことでもともと選手が持っているバッティングのポテンシャルを落としたり、攻撃力を低下させたりしては意味がないわけです。そこで、あくまでも攻撃力は最低でも維持させながら三振を減らす。そのために私自身、選手の意識の部分に働きかけようと、データを提示しながら個別の対話を心がけました」
西武は2015年に1194三振、その前年も1234三振と、2年連続で1100三振を超えて12球団ワーストだった。特に2014年は本塁打が125本でトップなのに打率は.248でリーグワースト。盗塁数も少なく、一発頼みのような打線でチーム成績も2年続きでBクラスだった。
それだけに橋上に対する周りの期待度は、目立った戦力の向上がないなかで「隠れた補強」と言われたほど。全体ミーティングとは別に、楽天、巨人で功を奏した個別ミーティングを行ない、狙い球の絞り込みなど具体的なアドバイスで選手の意識改革を促した。だが、最初はなかなかうまくいかなかったという。
「西武は個性豊かな選手が多い、というのがまずひとつ。と同時に、データや数字にあまり着目せずに選手が育ってきた過程があるような印象も受けました。ただ、そういう選手もある程度、一軍で数字を残している。となると、新たなものを取り込ませるのは難しいなと思いつつ、私自身には、呼ばれた以上はなんとかしなきゃ、という思いがある。
だから若干、コミュニケーション不足かな、と感じながらも成果に執着し、結果を急ぎ過ぎた部分が、正直、ありましたね。やはり、根本的となる選手とのコミュニケーション、信頼関係の構築が必要不可欠であって、そこをないがしろにしてしまうと、どんな言葉で伝えても相手に浸透するものじゃないな、と痛感しました」
とはいえ、指導者しての準備に怠りはなかった。2016年2月のキャンプ中、橋上は選手個々の能力を考慮して指示を出していた。
たとえば、2015年の選手個人の三振数。リーグワースト1位が中村剛也で172個、2位がメヒアで153個、3位が森友哉で143個、そして4位が浅村栄斗で136個と「上位」4人までを西武勢が占めたのだが、橋上は「(本塁打を量産する)中村とメヒアは仕方ない」としていた。
その代わり「もともと能力が高い浅村は、状況に応じた打撃ができるはず」として、浅村、森とは個別に対話。結果、両選手とも、2ストライクと追い込まれた後の打撃の改善を目標に掲げ、つなぐ打撃の大切さを再認識していたという。
ところが、いざシーズンが始まり、チームとしての結果が出ない状況が続くと、橋上と選手との関係がギクシャクし始める。前半戦が終わる頃には、内部の不平不満がマスコミにも漏れ伝わった。
すなわち、<選手へのきめ細かな個別ミーティングを売りに、大味な西武野球の改革者となるはずだった>のが、<個別なアドバイスはあるが、作戦がチーム全体で共有できていない。試合中に選手個々が橋上コーチに確認にいくようなおかしな状況が続いている>といった現場の声がスポーツ紙で報道されることもあったのだ。
「新聞報道は間違ってないです。その点、私よりも西武に長くいて、すでに選手との信頼関係が築けているバッティングコーチに対しても同じような部分があって……。直接的な技術指導をするコーチをないがしろにしたわけではまったくないんですけど、私が『選手ありき』でアプローチしたのもよくなかったなと。バッティングに関することはまずコーチに伝えて、それから選手、という形でやっていかないといけなかったんです」
そんな内情もあった2016年、チームが3年連続Bクラスに終わった半面、打率はリーグ2位、本塁打はトップだったが、三振は1071個でワースト2位。監督が田邉徳雄から辻発彦に交代し、翌2017年は選手起用も変わっていく途上、橋上はひとりの選手の変化を感じていた。新たにキャプテンに任命した浅村の打撃に変化が見られたのだ。
つづく
(=敬称略)