「ああぁ!」 後半アディショナルタイム4分、ベルギーのFWナセル・シャドリのシュートがゴールに突き刺さった瞬間、頭を抱えたのは日本人だけではなかった。多くのブラジル人もまた、日本の敗退を心から嘆いていた。なぜなら、ブラジル人はこの試合、…

「ああぁ!」

 後半アディショナルタイム4分、ベルギーのFWナセル・シャドリのシュートがゴールに突き刺さった瞬間、頭を抱えたのは日本人だけではなかった。多くのブラジル人もまた、日本の敗退を心から嘆いていた。なぜなら、ブラジル人はこの試合、日本を応援していたからだ。



その瞬間、頭を抱えたのは日本人だけではなかった photo by Sano Miki

 ブラジル代表は、数時間前に行なわれたメキシコ戦で勝利して、すでに準々決勝進出を決めていた。次に当たるのはこの試合の勝者、ベルギーか日本である。一方はFIFAランキング3位の優勝候補、もう一方はFIFAランキング60位。より与しやすい日本と対戦したいと思うのは、当たり前のことだろう。

 ただ、ブラジル人が日本を応援した理由は、決してそれだけではない。

 もともとブラジルと日本は縁が深い。ブラジルは世界で一番、日系人の多い国で、その数は160万人を超えるといわれている。ブラジル人なら誰もが日系二世、三世もしくは四世の知り合いがいるし、勤勉で礼儀正しい彼らは、ブラジルでも一目置かれる存在だ。近年では日本に行き来する日系人も増え、ブラジル人にとって日本は、距離は遠いが心理的には近い国のひとつなのだ。

 それ以上に、ブラジル人が日本側についた何よりも大きな理由は、「自分たちが日本のサッカーを育てた」という自負があるからだ。

 Jリーグの黎明期、日本では本当に多くのブラジル人選手がプレーし、日本に本物のサッカーをもたらした。それも、そんじょそこらの選手ではない。ジーコ、カレッカ、レオナルド、ジョルジーニョビスマルク、ドゥンガ……みなブラジルのヒーローたちだ。ブラジル人が多くプレーするリーグは今でも少なくないが、これほどまでに豪華メンバーがそろったのは当時の日本だけだろう。自然とブラジル人の目は日本に集まった。

 また、ブラジルから日本に帰化したラモス瑠偉、反対にブラジルでサッカーを学んだ三浦知良らは日本サッカーにサンバのリズムをもたらしたし、日本代表もファルカンとジーコという2人のブラジル人監督が率いている。ブラジル人が「自分たちは日本サッカーのマエストロ(師匠)だ」と感じるのも、ごく自然なことだった。

 昔の生徒がどのくらい成長したか見てやろう。もしかしたら、そんなちょっと上から目線の気持ちがブラジル人のなかにはあったかもしれない。ベルギー戦の試合前までは……。

 しかし、試合が始まると、そんな考えはすぐにどこかに吹っ飛んでしまった。日本の見せたサッカーはすばらしかった。いつしかブラジル人は純粋に日本のサッカーに酔いしれ、与しやすいからとか、教え子だからとか、そんな理由はどうでもよくなってしまった。この国を勝たせてやりたい、そして、ブラジルと大舞台で戦うところを見てみたいと、思うようになったのだ。

 誰もが日本のサッカーに魅了され、気が付くとサポーターはもちろん、サッカー協会の幹部や、セレソンの選手、監督、コーチに至るまで、誰もが心から日本を応援していた。

 かつてのブラジル代表の守護神で、現在セレソンのGKコーチ(同時に長友佑都が所属するガラタサライのコーチも務める)であるクラウディオ・タファレルは、「日本の試合をもっと見てみたい、このチームが勝つところを見たい」と、試合中ずっと思っていたという。

 日本が見せるサッカーは、危険で面白く、親しみを覚えずにはいられない。2-0とリードしたときは、誰もがもう、日本を与しやすいチームなどとは思っていなかった。日本が同点にされると、ベルギーがこれ以上追加点を挙げないようにと、ブラジル人は大きな声援を送った。だが、日本はベルギーの激しい攻撃に対抗できなくなった。そしてベルギーの逆転ゴール。奇跡を起こすまであと1分だった。

 かつて鹿島アントラーズを率いて多くの勝利を挙げたトニーニョ・セレーゾは、こう漏らした。

「誰もが強い、危険だと言っていたベルギーをあそこまで追い詰めた日本はすばらしい。前半20分間の日本は、驚くほど危険なチームだった。しかし、後半になるとそれが感じられなくなった。日本はベルギーに負けたのではなく、自分たち自身に負けたのだ」

 一方、アントラーズで選手として活躍し、日本代表監督も務めたジーコは、西野監督の采配を称賛している。

「今回のW杯でうれしかったことのひとつが、日本の活躍だ。今大会、直前に監督をすげ替えたチームが2チームあった。スペインは結局いいプレーを見せることはできなかったが、日本は成功したといっていい。西野監督は優秀で頭がよく、非常に現代的な指揮官だった」

 残念ながら今回、日本とブラジルの真剣勝負は見ることはできなかった。しかし、かつて東京ヴェルディや浦和レッズでプレーし、Jリーグ得点王にも輝いたことのあるワシントン(現在は政治家になっている)はこう言っている。

「日本が新たなサッカーの歴史を開くことを期待していた。今の日本はベスト8に入れるだけの実力を十分に持っている。もしここでベルギーを破っていたならば、何かが変わったはずだった。それだけにこの敗戦はとても悲しい。しかし、近いうちに日本は必ずこの壁を打ち破るだろう」