久留米競輪場が初めて特別競輪を開催したのは平成3年(1991年)でした。前年に前橋競輪場でアジア初の世界選手権開催したこ…
久留米競輪場が初めて特別競輪を開催したのは平成3年(1991年)でした。前年に前橋競輪場でアジア初の世界選手権開催したことを機に、日本で初の室内競技場・グリーンドーム前橋が誕生。また、あと一歩で全50場電話投票が可能になるという時期でもありました。次々に専用場外車券売り場が増設されたのに加えて、任天堂のファミリーコンピューターを使った投票(名称・ピスト)も試験的に始まっていました。
このように色々なことがドンドン変化していく中で現れたのが新星・吉岡稔真さん(福岡65期・引退)でした。前年にデビューして、1年も経たないうちに川崎記念を制覇。そして、地元・福岡の全日本選抜競輪では九州地区代表の1人として選抜され、前検日の久留米競輪場の検車場では誰よりも報道陣を集める注目ぶりで存在感バッチリでした。
まだ武骨な選手が多い時代で、その中で誰よりもスリムな体型、時として気弱な一面も見せる吉岡さんはマスコミが苦手。苦虫を噛みつぶしたような顔で、ボソボソ答えるのでますます記者が近寄る。すると、もっと嫌な顔で小さい声になる。これはなかなか面白い光景でした(笑)。

真夏の祭典・全日本選抜競輪、当時は8月開催とあって夏の暑さを象徴するこの大会。しかも今回は九州開催で“暑い”というより“熱い”でした。きっとベテラン選手には苦しい大会だったと思います。
この大会はジリジリ焼けるような“熱さ”に加えて、途中、台風の洗礼も受けました。屋根があるとは言え、あまりにも強い雨が吹き込んできてしまい、名物実況の磯一郎さんもズブ濡れを通り越していたくらい。
電投や場外といった本場の天候とは異なる場所で投票しているファンのみなさんのことを考えると、発売を伸ばしたり、中止にしたりはできない時代になっていました。現在でもそうですが、オープンの施設で開催する競輪場全ての悩みです。
優勝インタビュアーの私は屋外で仕事。決勝日は快晴、夕方16時半過ぎという時間でも34℃もありました。恐らく、バンク内は40℃を超していて、立っているだけでクラクラ。せっかくのお化粧も無駄かと思うくらいに汗をかきます(笑)。昼過ぎからはクーラーの効いた部屋には入らずに身体を“熱さ”に慣らし、水分を多目に摂っていました。とにかく体力の温存を考え、風通しのいい日陰を探して決勝レースを待ちました。でも、決勝レースはもっと“熱かった”のです!
新進気鋭の吉岡さんに対するは和泉田喜一さん(千葉59期)、鈴木誠さん(千葉55期)、滝澤正光さん(千葉43期・引退)、東出剛さん(千葉54期・故人)の千葉勢4名、坂本勉さん(青森57期・引退)と俵信之さん(北海道53期・引退)の北日本勢も強力でした。
勝ち上がりの結果は中野浩一さん(福岡35期・引退)、井上茂徳さん(佐賀41期・引退)が地元・九州にも関わらず、決勝へ駒を進められないという時代の流れを思わせるものでした。
滝沢さんもこれまでなら「鈴木君との前後は……」というように毎回、話題になる微妙な位置取りだったのですが、この決勝では「鈴木君の後ろ!」と、キッパリ言い切りました。この年の鈴木さんは前年から好調が続き、競輪界をリードする1人になっていました。しかし、3月の一宮ダービーで痛恨の失格。この頃は特別競輪で失格すると次の特別競輪の出場権を失うという規定があり、高松宮杯の前年覇者でありながら出場がかないませんでした。元々、猛練習で作り上げた強さに悔しさが加わって、ハードワークで逆に体調に異変をきたし、4~5月くらいはシックリこなかったそうです。でも、この全日本選抜ではバンクレコード(当時)10秒8を記録、完全復調を印象付けて決勝まで進んできたのです。そして、強力な布陣で決勝に挑んだ千葉勢の4選手、鈴木さんの後ろは覇を競ってもおかしくない先輩の滝澤さん。これはもう強気の勝負に出るしかありません。

最終周回ホーム過ぎで、矢を射るような捲りで千葉勢に襲い掛かる吉岡さん、それを1センターでバンクの幅いっぱいに使って牽制したのが鈴木さん、その勢いで山降ろしの捲りを打ち、追走の滝澤さんを寄せ付けずに優勝しました。今のルールなら微妙ですが、このレースの鈴木さんの動きは流れるようで牽制する側もされる側も危なさは全く感じませんでした。前に踏む力と、安定した両者のスピードの中での牽制だったからでしょうか。
鈴木さんのあの厳しい牽制があっても諦めることなく必死に踏み直す吉岡さん、一方、栄光のゴールを一心に目指す鈴木さんの姿は厳しい勝負の世界の一面を垣間見せたと共にスポーツマンとしての雄姿が鮮やかに私の脳裏に残りました。
若武者の雰囲気を脱して王者の風格を漂わすようになったタイトルホルダー・鈴木誠、以後の活躍を十二分に予感させた吉岡稔真、この両者の熱き闘いは久留米400バンクに刻まれた名勝負の1ページであります。
【略歴】

設楽淳子(したらじゅん子)イベント・映像プロデューサー
東京都出身
フリーランスのアナウンサーとして競輪に関わり始めて35年
世界選手権の取材も含めて、
競輪界のあらゆるシーンを見続けて来た
自称「競輪界のお局様」
好きなタイプは「一気の捲り」
でも、職人技の「追い込み」にもしびれる浮気者である
要は競輪とケイリンをキーワードにアンテナ全開!