今の時代、海を越えて戦いに出ることは特別なことではない。戦いの舞台を求める選手、優秀な人材を求めるクラブ、両者の思惑が一致すれば、国によるレベルの差があるにせよ、選手は海外でプレーすることが可能になる。昨年9月、ある卓球選手が実業団をやめ、…

今の時代、海を越えて戦いに出ることは特別なことではない。

戦いの舞台を求める選手、優秀な人材を求めるクラブ、両者の思惑が一致すれば、国によるレベルの差があるにせよ、選手は海外でプレーすることが可能になる。

昨年9月、ある卓球選手が実業団をやめ、プロ選手としてスウェーデンに渡った。その名は英田理志(あいださとし)。6か月間の戦いは英田の卓球にどのような影響を与えたのだろうか。

英田理志が見た欧州と日本、そして「これから」を語る――。

突如決まったスウェーデン行き。直面したチーム文化の壁




結果が思うように出ず、焦りを感じていたとき、スウェーデンリーグから声がかかった写真:伊藤圭

英田は朝日大学から卓球の名門・信号器材でプレーする中、カットマンとして着実に力をつけてきた。だが、なかなか結果がついてこない。2017年全日本選手権では4回戦負け、頂点を目指した日本リーグのビッグトーナメントでも優勝できなかった。

「何かを変えないといけない」

英田は、そう思ったが、何をどうしていいのか分からない。そんな時、スウェーデン行きの声が掛かり、そのオファーを受けた。

スウェーデン?卓球ファンも含め、多くの人がそう思うだろう。世界の最先端は中国であり、欧州ではドイツやフランスだ。英田が挑戦を決めたスウェーデンリーグについてこう語る。

「たぶん、日本人は、スパルバーゲンというチームはもちろん、スウェーデンリーグのことも知らないと思います。リーグには各国から選手が集まっていて、各チームには中国、台湾、イギリス、チェコの選手がいます。うちのチームにはベルギー人がいます。スウェーデン人だけのチームは2チームぐらいですね」。

スウェーデン1部リーグは全8チームからなり、9月から3月までホーム&アウェイで全14試合を戦う。1チーム10名ほど選手で構成され、試合は1チーム3名が出場する。

英田が所属するスパルバーゲンは、かつてはバルセロナ五輪金メダリストのヤン=オべ・ワルドナーがいたクラブで、日本の神巧也(シチズン時計)もプレーしていた。ストックホルムから電車で30分ぐらいの街にあり、スポーツ複合施設内にある。アリーナ内にジムやプールなどがあり、体育館ではハンドボール、レスリングなど数種目が混在して練習する施設である。練習は、チームの選手、さらにジュニアや一般人など「ごちゃ混ぜの環境」で、1日5,6時間程度行われるという。

「1日の流れは、例えば火曜日と木曜日は、朝6時半に起きて朝食を摂り、7時半に家を出て、8時半から練習がスタート。11時半まで練習して、昼食を食べて、昼寝して、3時ぐらいからサーブ練習やウエイトなどのトレーニングをします。午後6時から8時までチームの規定練習をして家に帰り、英語の勉強や携帯をイジったりして11時には寝ます。毎日ではないですけど、基本はこんな感じですね」。

英田がスウェーデンにわたってすぐに直面した問題がある。それが「練習がなかなか思い通り進まないことが多い」ことだ。スウェーデンには英田のような独創的なカットマンがおらず、英田がカットを始めると練習相手が露骨に嫌な顔を見せることがしばしばあった。英田の強烈なバックスピンのかかったカットを連続して攻撃するのは、攻撃選手と打ち合うよりも筋力を使い、疲労を伴う。そのため英田が「もっとカットを打って欲しい」と申し出ても「疲れるからずっと打ち続けることができない」と途中で打つのをやめてしまうというのだ。

「はぁ?って感じですよね。自分よりも結果を出しているならまだしも、まだまだ練習しないといけないレベルなのにこれじゃダメでしょ。もうちょっと頑張ってくれよって思いますよ。なのでマシーンで打ったり、コーチにお願いしたりするんですが、自分の思った練習がなかなかできなかった。スウェーデンの代表チームにヒッティングパートナーで呼ばれた時は、みんな『疲れた』とか言わないし、対応してくれたので、うちのチームだけなのかな……。もっと意識高くやってほしいですね」。英田は、少しだけ眉をしかめる。

僕のモチベーションと心の支え




練習が上手くいかない中で、励ましになったのは、英田のコーチだったという。写真:伊藤圭

滞在中、英田はヨハンソン・コーチの自宅にホームステイしている。コーチは65歳だが自宅から練習場まで10キロを自転車で通う。「超」がつくほどエネルギッシュで、いつも刺激を受けていた。

「コーチは、朝早く起きて走ったり、自転車で移動して、さらに練習の指導をして頑張っているんです。それを見ていると自分もがんばらないといけないと思いましたね。自分にとってすごく大きなモチベーションになります」

アスリートとして気になるのが胃袋事情だ。食事は、朝と在宅時はコーチ夫妻が作ってくれるものを食すが、基本的に練習がある日は毎日、外食だという。

「練習場の近くにタイ料理店とケバブ&パスタ、寿司バーがあって、だいたいこの3つをローテーションしています。飽きるとスーパーの惣菜でサラダとかパスタの量り売りで済ますこともあります。正直、寿司バーも日本人経営じゃないので、そんなにおいしくはない。あ、でも、ラーメンが好きで帰国前にようやくおいしい店を見つけたんですよ」

なお、チームからは食事代が支給される。1日につき約2000円程度で、レシートをもらってきて清算する。一度、チームメイトとレストランで食べた4000円のレシートをもっていくと「次回から気を付けて」と軽くくぎを刺された。海外生活が長くなると素朴な日本食が恋しくなるが、英田はラッキーなことにスポーツクラブにいる日本人女性に食べさせてもらっていたという。

「クラブに80歳のおばあちゃんがいるんですけど、すごく僕のことをかわいがってくれて(笑)。スウェーデン語を教えてもらったり、納豆とか普通の日本食を食べさせてもらいました。それが本当にうれしかったですし、僕の心の支えになりましたね」

スウェーデンに渡ってすぐに訪れた変化。それは「感謝の念」だという。日本では得難い経験や異国の地で触れた優しさが活力源になっていたのだ。

もっとも、そこは異国の地。カルチャーギャップに驚かされることもたびたびあったという。とりわけ英田が驚いたのは、スウェーデンのレジェンドに対する中高生の態度だった。

取材・文:佐藤俊(スポーツライター)
写真:伊藤圭