初出場の宮崎産業経営大が出場22回の創価大を6対2で破る金星を挙げて初戦を突破。その立役者は「チームを変えたい」という熱い思いを持ち続けた元甲子園球児のエースだった。

8回4安打2失点の内容で創価大を抑えた宮崎産業大のエース・杉尾剛史投手(3年・宮崎日大)は「すごく嬉しいです」と全国初勝利を噛み締めた。

高校時代は3年夏にエースとして甲子園出場に導き、東京や九州の強豪大学からの勧誘があった。だが、杉尾は「甲子園で初戦敗退し、宮崎の皆さんの期待を裏切ってしまった」という思いから、大学も地元である宮崎産業経営大を自ら志望し入学した。創部より監督を務めて32年目となる三輪正和監督が「ウチに来るなんて、嘘でしょう?」と驚いたように、大観衆の甲子園や強豪高校とは大きなギャップのある環境にあえて飛び込んだ。

 

「もう1度宮崎を代表して全国で戦いたかった」と地元大学に進学した杉尾だったが、そこに辿り着くまでは苦難の連続だった

 

 

 

入学当初はその決断を後悔しそうになったこともあった。チームのグラウンドは系列高校の鵬翔が優先的に使うため、練習は火曜と木曜の夕方、土曜の午前中だけ。居残り練習に参加するのも杉尾と数えるほどしかいなかった。そんなチームを変えようとミーティングでも先輩にも進言を続けた。当然耳を傾けてくれる部員もいたが、浮いた存在に感じてしまうこともあった。

だが、主将に若松朋也外野手(4年・指宿商)が就任すると、杉尾の進言を取り入れて7時半からの朝練習を導入。居残りする選手も10倍に増え、それでも少ない時間ながら質の高い練習を行うようになった。杉尾自身は3月に右肘、4月にねん挫をして、九州地区南部ブロック大会では苦しい投球だったが、「杉尾のおかげで変わった」と三輪監督が話すチーム力で初の全国切符を獲得。

そして、この日念願だった雪辱の舞台で、140km/h台前半のストレートと変化の異なる3種のスライダー、ワンシームを交えた投球で創価大に思うような

打撃をさせずに、番狂わせを演出した。

嬉しそうな表情も見せたが「まだ満足はしていない。この舞台で少しでも多くのものを持ち帰りたい」と慢心の様子は無く、さらなる高みへ貪欲な姿勢を見せていた。

 

宮崎和牛の革を使い、宮崎県の形の刺繍を入れた特注のグラブを使用する杉尾

 

 

 

★1回戦・宮崎産業経営大vs創価大
産経大 000020031=6
創価大 000000020=2
【産】○杉尾、伊達-大幡
【創】●杉山、望月-萩原
本塁打:産経大・寺園《5回2ラン》

全国大会初出場初勝利に沸く宮崎産業経営大の選手たち

文・写真=高木遊