東海大・駅伝戦記  第27回
関東インカレ(前編)

 東海大学の今シーズンの目標は「学生長距離5冠」である。関東インカレは、その目標達成のための最初のターゲットになる。

 5月24日から27日まで4日間、相模原ギオンスタジアムで行なわれ、男子1部のトラック競技、1500m、3000mSC(障害)、5000m、1万m、ロードレースのハーフマラソンの5種目総合で1位を目指す。

「上半期はここがひとつのヤマになります」

 両角速(もろずみ・はやし)監督の言葉通り、それぞれの種目に現在、最強と思われる主力選手がエントリーし、この大会に賭ける東海大の意気込みが感じられる。

 しかし、大会初日の1万mはまさかの結果に終わった。

 鬼塚翔太(3年)、松尾淳之介(3年)、小松陽平(3年)がエントリーしたが、ドミニク・ニャイロ(山梨学院大)、パトリック・ワンブィ(日大)や塩尻和也(順天堂大)の先頭集団から遅れ、鬼塚の9位が最高位。1万mでポイントを稼ぐことができなかったのだ。



関東インカレ1500mで連覇を達成した館澤亨次

 こうして初日は出遅れたが、大会2日目、1500mの館澤亨次(3年)がチームを救った。

 予選は危なげなく1位で通過した。決勝は兵庫リレーカーニバルで敗れ、予選3組1位の小林航央(こおう/筑波大)、予選1組1位の舟津彰馬(中央大)らライバルが名を連ねていた。

 スタートはいつものように先頭から3、4番手につける。お互いを意識し、けん制してか、1周65秒とスローペースになった。

「スローだし、集団の人数が多いとスパートのかけどころがわからないので、走っていて怖いレースでした」

 集団は次第にバラけて、ラスト1周の鐘が鳴った。一気に選手のスピードがアップし、小林が後続を引き離しにかかる。館澤は前にポジションを上げ、バックストレートで一気に前に出た。ちょうど5日前、セイコーゴールデングランプリ陸上の1500mで3分40秒49の自己ベストを出し、スピードのあるラストスパートが戻ってきた。その速さを、この関東インカレでも見せたのだ。

「ホームストレートに入ってからだと向かい風もありますし、ヨーイドンだと勝てないと思っていたので、残り200mでラストスパートをかけました」

 カーブでもスピードが落ちず、ホームストレートに入って小林が懸命に追うが、館澤のスピードが上がる。そのまま館澤はトップでゴールラインを駆け抜け、1500mで大会2連覇を達成し、貴重な8ポイントを獲得したのである。

 館澤は汗に濡れながらも、気持ちいい笑顔を見せた。

「ラスト、後ろから足音が聞こえてきたんで、最後の最後まで気が抜けないレースでした。2連覇できてよかったですし、昨年の優勝よりもうれしいです。昨年は1500mが初めてだったので、チャレンジして勝ったんですけど、今年は思うように走れないことを経験して、かなり悩んだ時期もありました。そういうのを乗り越えて、勝ちたかった試合で結果を残すことができて、本当にうれしいです」

 ゴールした瞬間は、ガッツポーズも出た。

「あれが、自分のトレードマークになるように、これからもしっかり勝っていきたいなと思います」

 館澤は待機場所に戻ってきた。東海大の待機場所は簡易テントに簾(すだれ)が掛けてあり、センスのよさを感じさせる。中で着替えながら話をするが、「勝ててほんとよかったぁ」と笑顔がこぼれる。

 両角監督はこれからのさらなる活躍に期待を寄せた。

「連覇のプレッシャーがあり、しかも1500mから箱根(駅伝)まで幅広く消化しているなか、しっかり1500mで勝ったのは大変なこと。このまま力をつけて、日本の中距離に風穴を開ける選手になってほしいですね」

 エースの活躍で初のポイントを獲得し、チームは勢いづいた。

 3000mSCには三上嵩斗(しゅうと/4年)、足立直哉(4年)、阪口竜平(3年)が出場。序盤は阪口がレースを引っ張る展開になり、中盤からは三上が先頭に立った。ラスト1周で2人の選手に抜かれたが、三上は3位、阪口は4位、足立はホームストレートで必死のラストスパートを見せて6位に入賞し、3人で14ポイントを稼いだ。「足の調子はまだまだで、最低限の結果です」と阪口は言ったが、これで東海大は3種目合計で22ポイント。2位の山梨学院大に8ポイント差をつけてトップに立ったのである。

 最終日はキャプテンの湊谷春紀(4年)、寮長の湯澤舜(しゅん/4年)、それに箱根5区を目指す西田壮志(2年)が出場するハーフマラソン、それに鬼塚、關颯人(3年)、阪口の主力が出場する5000mの2種目が行なわれた。

 ハーフマラソン男子1部は午前9時5分、気温24度、厳しい日差しの中、スタートした。

 ニャイロが先頭に立ち、その後ろを西田、湊谷、湯澤がついていく。10kmまでは動きがなかったが、昨年大会同様、ここからレースが動いた。ニャイロがスピードを上げて、後続を引き離しにかかったのだ。

「あまりにもペースが違うんで、2位の日本人集団についていこうと切り替えました」

 西田はニャイロを追うのをやめて、自分のペースを守った。

 2位集団には西田、湊谷、湯澤らがおり、淡々と走る。この3人は4月8日、焼津ハーフでも一緒に走っている。その時は湊谷が64分11秒、湯澤が64分17秒、西田が64分26秒だった。ロードを得意とする3人は、東海大のスピード強化のトレーニングとは離れたところで練習しているが、彼らには20kmでは負けられない意地がある。箱根に向けて、特に前回走れなかった湯澤と西田はメラメラと闘志を燃やして練習している。

 トラックの大型スクリーンには時々、ハーフを走る選手の映像が映し出される。ニャイロはひとり旅をしているが、後続の選手はどうなったのか……。

 18km地点、スタジアム場内の大型スクリーンに映し出されたのは2位集団で前を走る湯澤の姿だった。

「自分はニャイロが前に出た時点で、キロ3分ペースで押していくようにして、日本人集団の中でしっかりついていこうと。コースはちょっとカーブが多いんで、コース取り、位置取りも大事かなって思っていたんですが、自分のなかでわりといい位置で走れていたと思います」

 ギオンスタジアムに選手が帰ってきた。

 ニャイロの後、姿を見せたのは湯澤だった。しっかりと腕を振り、いくぶん余裕も感じられるような表情で、2位でフィニッシュしたのである。西田は4位、湊谷は最後に真柄(まがら)光佑(早稲田大)に抜かれたが7位に入り、キャプテンとしての意地を見せた。

 ゴールした選手たちは膝に手をつき、つらそうだ。すぐに水が手渡され、選手たちは給水している。湯澤は、紙コップの水を一気に飲み干し、満足そうな笑みを見せた。

「レースは想定通り。関東インカレに調子を合わせてきたので、いい状態でここまでこられました。日本人トップを狙っていけるなと思っていましたし、そこは意識してレースをしました」

 その狙い通り日本人トップ。ポイントを稼ぎ、東海大の「学生長距離5冠」のうち最初の1冠達成に向け、大きく貢献した。

「1万mでポイントが取れていなかったんで、自分たちが得点できたらと思っていた。そういう意味では3人が7位以内に入賞できたのはすごくよかったです」

 湯澤は、そう言って笑顔を見せた。

 湯澤は昨シーズン、目標にしていた箱根駅伝に出走できなかった。10区の川端千都の控えで両角監督からは「当日変更もあるので用意しておくように」と言われたが、最後まで声はかからなかった。

「悔しかったですね。正直、すごく調子がよかったんです。最後(選ばれるの)は調子のいい自分なのか、それともタイムや実績(のある選手)なのか……。自分は1万mと5000mはタイムを持っていなかった。最後の場面でそういう判断をされるなら、自分もタイムを出していかないといけないのかなと、その時は思いました」

 記録を紐解くと湯澤の5000mの持ちタイムは14分19秒32で、これは1年の時の記録だ。1万mは29分13秒44で、これは2年の時の記録。タイムが出ていないので、チームランクはSチームではなく、Aチームだという。両角監督は選手のオーダーを決める際、「まずはタイムを重視する」と言っている。10区で2人が天秤にかけられたが、最終決断はタイムになったということだ。

「でも、今さら5000mや1万mをやる気はないです。トラックシーズンはホクレン(・ディスタンスチャレンジ)で終わり。あとはロードで箱根を走れる足を作ります」

 今回のレースも含めて、湯澤は「自分にかなり力がついてきた」という手応えを感じている。

「自分はラスト勝負に持ち込みたくないので勝負に出る時、どこで仕掛けようかなと考えるようになりました。相手の嫌がるところはどこかなって。そのために、最初は後方にポジションをとって周囲を見て、選手の息遣いとかを聞いています。そうしてレースを進めていって、勝負どころで出ていく。最近は、その走りがだいぶ固まってきていると思います」

 今年から湯澤は望星寮(一軍寮)の寮長になった。第二寮、第三寮は両角監督から指名されたが、湯澤は特に何も言われなかった。「知らない間になっていた」ということだが、「最低限、掃除とかはきちんとやれるようにします」と、寮長としての仕事をしっかりやっていく覚悟だ。

「自分は大学駅伝を走れていないので、最後は箱根に出て、10区を走れるようにやっていきたいと思います」

 出雲も全日本も飛ばして、箱根一本。 湯澤の目標は明確だ。

 湯澤たちの活躍で、関東インカレの東海大は、36点で1位。2位の山梨学院大は22点で14点の大差をつけていた。残る種目は、5000mだけになった。

(つづく)