「ボールポゼッションに興味はない。大事なのはボールを持つことではなく、チャンスを作ることだ。我々のチームには、走力のある選手が前線にいて、(相手ボールを奪い取ってカウンターに入った場合)スペースにおいてアドバンテージがある。そこで得たチ…

「ボールポゼッションに興味はない。大事なのはボールを持つことではなく、チャンスを作ることだ。我々のチームには、走力のある選手が前線にいて、(相手ボールを奪い取ってカウンターに入った場合)スペースにおいてアドバンテージがある。そこで得たチャンスを決めるかどうかだ」(アトレティコ・マドリードのディエゴ・シメオネ監督)

「私はボールを持つことを心から愛する。ボールを手放すことなど毛頭、考えていない。ボール保持はより多くのチャンスを作るためで、相手のカウンターを受けないためでもある。これはフィーリングの問題なんだ」(マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督)

 世界最高のサッカー監督である2人は、対極とも言えるサッカー戦術論を述べている。はたしてどちらが正しいのか――。確たる答えを出すのは難しい。

 5月26日、山梨中銀スタジアム。J2首位に立つ大分トリニータは、ヴァンフォーレ甲府の本拠地に乗り込んでいる。昨シーズンまでJ1に在籍していた甲府を破って勢いをつけたかったところだが、いきなり出鼻をくじかれる。



2016年から大分トリニータを率いる片野坂知宏監督

「ウォーミングアップのときから、選手が(試合に)入りきれていなかったです。『集中して入るように』と念を押しましたが、嫌な入り方をしてしまった。ボールの失い方もよくなくて、雰囲気も悪くなり、選手は自信をなくしたように見えました。甲府のプレスに迫力があったというのはありますが、判断ミスが出てしまった」

 試合後、大分の片野坂知宏監督は言葉を絞り出している。

 前半3分、4分と立て続けにバックパスから失点した。相手にプレスをはめられ、どうしようもない状況で、不用意にボールを下げてしまう。それは、最も回避するべき選択だった。

 そして6分にも混乱に乗じられる形で、左サイドを堀米勇輝のドリブルでずたずたに引き裂かれ、最後は佐藤和弘に押し込まれた。続いて15分には、ボールの出どころを抑えられ、GKが前線にボールをフィードするが、背後から甲府のセンターバックにインターセプトされ、そのまま持ち込まれて失点を喫している。

「相手GKがあそこにボールをつけてくるのはわかっていました。チームとして前からプレスにいくという意識だった」と、甲府の選手が洩らしたように、大分は後手を踏んで失点し、混乱の極みの中でプレーが破綻してしまった。

「早い段階で得点したことで、大分が前への推進力を失ったように見えた」(甲府・MF小塚和季)

 状況を整理できない大分は、27分にもエデル・リマにドリブルで持ち込まれ、ワンツーを通され、5失点目を喫している。これで試合の大勢は決まった。

 もっともその後、大量リードした甲府がプレスの手を緩めたことによって、大分は息を吹き返している。

「5点も入ると、集中力が欠けることもあったと思います。ボールホルダーへの寄せが甘く、ラインも下がってしまった。(前半から)飛ばしていたので、後半は体力的な問題もあったかもしれない」(甲府・上野展裕監督)

 38分、大分はFW馬場賢治が非凡な裏への動き出しから左足で流し込む。これで反撃の狼煙(のろし)を上げると、後半はペースを握り返す。バックラインからショートパスを何本もつなぎ、ボールを運ぶプレーでは練度の高さを示した。77分には相手を陣内に押し込み、5人がエリア内に入る状況で、後藤優介がコントロールショットを決めている。

<相手にボールを渡さず、攻め続け、攻守で優位に立つ>

 そのフィーリングで、大分は首位を走っているのだろう。しかし88分には、CKからリンスにヘディングで叩き込まれて6-2となり、万事休止した。

「(後半は)4バックにすることも考えましたが、点差が開いたことで、(システムを)変えるよりも、逃げずに戦うことで、相手のプレスをはがし、得点することにチャレンジしました。まずはボールを奪わなければならなかったので、前からプレスにいきながら、(途中で投入した)川西(翔太)がボールを保持するなかで得点を狙いましたが……」

 試合後の記者会見で、片野坂監督はその心中を明かしている。

<プレスをはがす>

 メッセージはそこにあるのだろう。ボールを持つことが最大の防御で、すなわち最大の攻撃になるというプレーコンセプト。パスワークは彼らの自慢の武器と言える。事実、今シーズンはJ2で一、二を争うパス本数を通している(一方でドリブルは一、二を争うほど少ない)。ボールプレーの練度の高さによって、大分は首位に立っているのだ。

 ただ、ボールを持っているということは、餌を持って歩いているのと同じで、ときに獰猛に食いつかれる。その場合、相当に高いレベルの技術と戦術がなければ、「ボールのつなぎを狙われてカウンターを浴びる」という高い代償を払わされる。前節のレノファ山口戦も、その罠にはまって追いつかれていた。

 今後、対戦相手はパスワークを研究して挑んでくるだろう。大分はそれを打破できるのか。精度が必要なため、わずかな気の緩みで綻びができるし、心理的な混乱は一気に伝播する。

 2013年以来のJ1昇格を果たすには、勇敢に”諸刃(もろは)の剣”を用いて敵を斬り続けなければならない。