スペインで、1枚の印象的な写真が報道された。 バルセロナでの最後の夜。盛大なお別れセレモニーが終わった後、ヴィッセル神戸へ移籍するスペイン代表MFアンドレス・イニエスタは、静寂に包まれたカンプ・ノウにひとり戻った。そしてセンターサーク…
スペインで、1枚の印象的な写真が報道された。
バルセロナでの最後の夜。盛大なお別れセレモニーが終わった後、ヴィッセル神戸へ移籍するスペイン代表MFアンドレス・イニエスタは、静寂に包まれたカンプ・ノウにひとり戻った。そしてセンターサークルに腰を下ろすと、22年を過ごしたバルセロナの選手としての最後の時間を噛みしめるかのように、物思いにふけっていた。その写真は翌日、各メディアに掲載された。
バルセロナでの最後の試合となったレアル・ソシエダ戦後、チームメイトに胴上げされるイニエスタ
「いいか、シャビ。お前は俺を追い出すような選手になるだろう。けど、俺ら2人を追い出す選手が下部組織にいるよ」
かつて現役時代のジョゼップ・グアルディオラは、シャビ・エルナンデスにこう言ったことがある。イニエスタが自分たちを超える選手になると予言した、あまりにも有名なフレーズだ。
そしてこの3人が中心となり、バルセロナはその代名詞となる、世界のサッカーファンを虜(とりこ)にしたパスサッカーを構築した。ヨハン・クライフの標榜したバルセロナの攻撃サッカーを、よりスペクタクルなサッカーにブラッシュアップしたのがグアルディオラのチームであり、今でもそのサッカーを超えるものはないと言われている。
だが、盛者必衰がサッカーの理(ことわり)だ。グアルディオラが監督を退任し、カルレス・プジョル、シャビという攻守の要となっていた生え抜きがチームを去ると、スペクタクルなサッカーは徐々に姿を消していった。チームはリオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールという攻撃的な選手を活かす、よりダイレクトなサッカーへと変貌していった。
そんななかで、エゴのない、味方を使う高いテクニックとパスで人々を楽しませたバルセロナのサッカーを体現し続けていたのがイニエスタだった。
来季以降も、メッシはバルセロナで人々を魅了するプレーをしてくれるのは間違いない。だが、イニエスタが退団することで、流れるような、そして憎らしいほど強いバルセロナの美しいサッカーはもう二度と見られないのかもしれない。
「イニエスタがいなければ、メッシはバルセロナでのプレーに嫌気がさしていたかもしれない。イニエスタがいることで、バルサは障害となる可能性のあるものを乗り越えてきた。勘のよさ、技術、攻撃力。セニョール・イニエスタは頭脳的なプレーがサッカーの本質であることを証明した」
バロンドールを主催するフランス・フットボール誌は、『ごめん、アンドレス』というタイトルのコラムのなかで、イニエスタのその周囲を活かすプレーを高く評価するのと同時に、世界最優秀選手の賞を贈らなかったことを謝罪した。
イニエスタはメッシやクリスティアーノ・ロナウドのように、シーズン40点以上を獲ったことはない。2010~11シーズンの8得点がシーズン最高得点だ。そんな選手に対して、サッカー界の権威あるメディアが誌面で謝罪をしたことに、イニエスタの選手としての価値が垣間見える。
22年前、イニエスタは故郷のフエンテアルビージャからプロ選手になることを夢見てバルセロナへ移住した。当初は涙を流す日々を過ごしていた少年は、世界的な大スターになった今でも、そのときの純粋なサッカーへの気持ちを変わらず持ち続けている。
静寂に包まれた真夜中のカンプ・ノウ。イニエスタがどのような思いを駆け巡らせていたのはわからない。ただ、その魔法のようなプレーが日本でもうすぐ見られるのは確かだ。