東京マラソンで日本記録更新の快走を見せた設楽悠太

 2時間06分11秒。

 設楽悠太(Honda)が東京マラソンで16年ぶりに日本記録を塗り替えた。

スタートから先頭集団に入り、前半は1km2分58秒ペースで押した。20km地点では2位をキープして、日本記録を上回るペースが続いた。

「30kmでペース走が離れてから勝負」

 レース前に設楽はそう語っていたが、その30kmから遅れ始めた。ディクソン・チュンバ(ケニア)ら外国人選手が急にペースを上げ、設楽はそのペースについていけず、置いていかれたのだ。

 通常は、ここで”勝負あった”となる。外国人選手たちのペースは変わらず、さらに前をいく井上大仁(ひろと/MHPS)は後半も粘り強く走ることができる選手。設楽自身も「負けた」と思ったというが、そう思うのも致し方ない展開だった。

 ところが、ここから驚異の粘りを見せる。32kmで両親の応援の声を聞き、36kmの折り返しで気持ちを切り替えた設楽は38km地点で井上をとらえ、5位に上がった。まるでそれまで死んだふりをしていたとしか思えないような勢いある走りを見せたのだ。

「井上くんの表情を見たら、まだ大丈夫そうでついてくるかなって思ったんですが、離れていったので、このままいけば日本人トップ、記録もついてくるかなと思った」

 39km地点で3位に上がった。40km地点では1時間59分31秒のタイムを確認した。

 40.54kmでついに2位に上がり、必死に前を追った。沿道からは応援とともに「(日本記録更新で)1億円だぞ、がんばれ!」という声をかけられ、それも励みになった。

 だが、一番勇気づけられたのは、給水ポイントで家族が作ってくれた給水ボトルに書かれたメッセージだった。

「ラストファイト!」

 そのメッセージを右腕に付け、前を追った。日本記録は42km地点、2時間05分40秒を切ったぐらいのタイムがボードで見えた時、意識した。そこから母校、東洋大のキャッチフレーズ「1秒を絞り出せ」の如く、腕を振り、歯を食いしばって走った。

 ゴールの瞬間は記録突破を確信して、右手をあげてガッツポーズをした。そのまま競技人生で初めて地面に倒れ伏した。

 レース後も疲労が大きく、足にもダメージが残っているのだろう、片足を引きずるようにして歩いていた。これこそ全力を出し切って42.195kmを走った証(あかし)だった。

 こうして、ついに日本マラソン界の頂点に立った設楽だが、その強さと記録達成には3つのポイントがある。

 ひとつは独自の練習方法だ。設楽の練習は「40kmは走らない。30km走で十分です」と言うように、マラソン練習にありがちな40kmを何本も走るというオーソドックスなスタイルではない。実戦重視で、この東京マラソン前にも3本のレースに出ていた。試合でレース感覚を養い、タフに走れる体と足を作り、さらにレースからいろんなことを学ぶ。川内優輝のやり方にも通じる、試合こそが最高のトレーニングの場という感覚だ。

 実際、設楽は東京マラソン後も「勝負するところ、抑えるところ、仕掛けるところは今回、勉強になりました」と、成果を語っている。

 マラソンをいかに速く走るか──。そのメソッドは大迫傑(すぐる)のスタイルが独特なように現在では多様化し、どれが正解かわからない状態だ。だが、設楽が実戦重視スタイルで日本記録を出したことで、その方法論は今後より注目されることになるだろう。

 ふたつめは東京マラソンに向けての準備が周到になされていたことだ。設楽は今レース前に1月20日、都道府県駅伝(13km・区間賞)を走り、2月4日に丸亀ハーフ(21.0975km・2位日本人トップ)、2月11日に唐津10マイル(16km・優勝)と3本のレースを走っていた。

 立て続けに走ることで体に刺激が入り、週1本のポイント練習のような感覚になってうまく調整できた。しかも実戦ゆえに本番に向けて試合勘が磨かれる。30km地点で置かれた時、「無理せず、あえてついていこうとしなかった」と冷静に対応できたのも、レース数をこなしたことで冷静に展開が読めたからだろう。

 3つめは、気持ちの強さだ。設楽自身が「マラソンで30km以降は気持ちです」というように、今回のレースはそれを体現してくれた。もともと「日本人に負けるつもりはない。勝ちにこだわっていました」といった負けん気の強さがある。そうなるには実績(結果)の裏付けが必要になるが、先述の3本のレースはいずれも日本人トップ、もしくは優勝で、昨年の9月以降、日本人に負けていない

 42km付近では日本記録が更新できるかどうかのギリギリだった。そこで懸命に足を前に出して力を出し切り、最後に倒れながらも日本記録を破ったのは気持ちの強さがあったからに他ならない。

 設楽はレース前日、平昌五輪でスピードスケートの高木菜那がマススタートで金メダルを獲ったレースを見ていたという。

「興奮して見ていました。日本人で金メダル2つはすばらしいですし、競技は違いますけど、僕も競技で結果を残していきたいと思います」

 2年後の東京五輪に向けて、この記録は「マラソン、悲願のメダル獲得」に向けて大きな一歩になるだろう。また、日本の長距離界にとっても大きな一撃になった。

 短距離界は昨年、桐生祥秀が9秒98を出したことで、さらに活気づいた。長らく低調だった長距離界は昨年、福岡国際マラソンで大迫が2時間7分台を出して日本記録更新への機運が高まり、今回、設楽が日本記録を塗り替えた。それに引っ張られるように井上も2時間6分54秒を出して、2時間8分台には日本人選手が4名並んだ。これからさらにタイムが伸びそうな雰囲気が漂う。この日の設楽の「2時間06分11秒」は、長距離界に大きなうねりを起こしたのである。