ドラフト同期にジャッジやブライアント、スター候補だった右腕アペルの苦悩 大きな注目を浴びるドラフト1位指名選手。その年の…
ドラフト同期にジャッジやブライアント、スター候補だった右腕アペルの苦悩
大きな注目を浴びるドラフト1位指名選手。その年のナンバー1ルーキーの称号であり、チームもファンもスター選手へと育つことを期待する。しかしアマチュア時代の評価が「1位」でもプロで成功するとは限らない。日本球界でドラ1選手が開花しなかった例が少なくないように、アメリカでも期待が実らないケースはある。
現地時間2月1日(日本時間2日)、かつて大きな期待を寄せられた投手が野球から離れることを決断したと報じられた。複数の米メディアがレポートしたのは、フィリーズ傘下に所属していた右腕マーク・アペル。2013年のドラフト1巡目(全体1位)でアストロズから指名された26歳だ。
「なぜ、おそらくMLB史上最大の失敗作であるマーク・アペルは26歳で身を引くのか」と題して特集したのは米スポーツ専門サイト「ブリーチャー・ リポート」。記事では、同選手が鳴り物入りで地元のアストロズに入団したこと、スカウトたちはすぐにMLB昇格を果たすと予想していたこと、しかし結果を残せずに2015年にフィリーズにトレードで移籍したことなどを紹介。そしてこのほど、アペルは記事の中でプロ野球から「無期限の休養を取る」と語っている。
プロのキャリアを通じて負傷や手術に苦しんだという右腕は記事の中で「ここ4年間は自分自身との闘いだった」と苦悩を滲ませ、「チームの中で、自分が一番のお荷物投手だった時もあった。2014年は、たぶんプロの野球界における最低の投手だったかもしれない」と振り返っている。
23歳の誕生日に待っていた悪夢
かつて米メディアでは将来のサイ・ヤング賞候補とも評されたというが、現実は厳しく、マイナーでくすぶる日々に悪戦苦闘。アペルは記事の中で「登板すると、いつも同じ結果だった。アウトが取れなかった。四球、ヒットの繰り返しで降板するだけだった。何が起きているんだろう、とね。過去に起きたことを気にせずに、また希望を持って、(登板に)ワクワクして、自信を持つのに4日間くらいかかったように思える」と語っている。
23歳の誕生日には忘れられない悪夢が待っていたようだ。記事によると、22歳のシーズンで結果を出せなかった自分への気持ちをリセットしようとしたが、誕生日翌日の登板でも7安打7失点と炎上。ロッカールームへと戻ると涙し、そばにあったボードに全力でボールを投げつけたという。試合後に監督から慰められたものの、壊したボードの修理費を請求され、自身で直すためにホームセンターで道具を揃えたことも回顧している。
一方、アストロズが当時1位指名を検討したというクリス・ブライアントはカブスで活躍。また、同じ年のドラフトでヤンキースと契約したアーロン・ジャッジが昨季52本塁打を放ったことなども記事では紹介。「メジャーデビューを果たしていない3人目のドラフト1位の選手という自身の立場を顧て、アペルは自身がMLB史上最大の失敗作というレッテルを十分受け入れている」と伝えた。
「過去には期待も、目標も、夢も抱いていた」?
本人も「何をもって(史上最大の失敗作だと)定義するかだけど、おそらくそれは間違いではないだろう。高い期待があったんだ。多くの理由でそれに応えられなかった」などと語っているという。
昨季ワールドシリーズ王者に輝いたアストロズの躍進を複雑な心境で見ていたというアペルは、記事の中で「野球が大好きで、過去には期待も、目標も、夢も抱いていた。そして全てが転がり落ちて、全てが満たされないままだった。それこそが自分なんだ。ワールドシリーズで投げたかったって? 当然だよ。本当に苦しんでいる人たちだっているんだ。自分は野球ができたんだ。成功すると思ったけど、そうはならなかった」と悔しさを滲ませている。
野球から離れる決断をしたものの、復帰への道を完全に閉ざしたわけではないという26歳。ただ、今は選手生活を送る上で犠牲にしていたプライベートの日々を楽しみたいと考えているようだ。夢と現実の狭間で苦しみ続けたかつての有望株。プロの世界には輝かしい舞台の裏で、多くの挫折が隠されている。(Full-Count編集部)