髙田明V・ファーレン長崎社長に聞く(1) 昨季のJ2最終節を前に、2位を確定させてJ1自動昇格を勝ち取ったV・ファー…
髙田明V・ファーレン長崎社長に聞く(1)
昨季のJ2最終節を前に、2位を確定させてJ1自動昇格を勝ち取ったV・ファーレン長崎。その昇格劇は、J2の戦いを見ていた人たちにとって、いろいろな意味で軽い「ショック」だったのではないだろうか。
何しろ2017年の昇格争い、そして6位までの昇格プレーオフ争いは、1位通過の湘南ベルマーレは別格にしても、J1経験クラブを中心に回っていたからだ。その中に、唯一、長崎だけがあたかもJ2の希望の星のような存在だったわけだが、大方の見方は「最後には失速するのでは」だった。終盤の2位争いになっても、相手は前年降格組のアビスパ福岡と、戦力が圧倒的に豊富な名古屋グランパス。長崎への厳しい見方は変わらなかった。
さらに言えば、2017年シーズンスタート時の長崎といえば、話題は「クラブの存続」だった。それまでの経営陣による借入金は3億円とも4億円ともいわれ、地方のクラブとしては致命的とも言えるものだった。昇格争い以前に、消滅危機でもあったのだ。
しかし、そこにまさにホワイトナイトとして登場したのがあの「ジャパネットたかた」だった。借入金問題を解決し、クラブ経営の不健全さも一掃し、V・ファーレン長崎はジャパネットのグループ会社として再出発した。

たかた・あきら
1948年、長崎県平戸市生まれ。1974年、家業の有限会社カメラのたかた入社。1986年、株式会社たかた設立。1999年、社名を株式会社ジャパネットたかたに変更。2015年、ジャパネットたかた代表取締役退任。2017年、株式会社V・ファーレン長崎代表取締役社長就任
これが功を奏し、長崎はシーズン後半にはクラブ記録を塗り替える連勝を達成するなどして、自動昇格を勝ち取った。そんな結果を生んだのは、もちろん監督、選手の努力があってこそだが、その環境を整えたジャパネットたかたとそのカリスマ創業者であり、V・ファーレン長崎社長の髙田明氏によるところは大きい。
その髙田氏に、V・ファーレン長崎の1年を振り返りながら、これからのクラブのことなども含めて語ってもらった。
――昨シーズン開幕当時の長崎からの報道を見ていると、クラブにはかなりの混乱があったように思えます。億単位の借入金を含めてかなり大変な状況で、まさに「火中の栗を拾う」ようなことだったと思うのですが、なぜ決断されたのですか。
「ジャパネットの社長時代からスポンサーもさせていただいていましたが、2016年や2015年は、ホーム戦を結構観に行っていたんです。ですが、経営に関しての詳細は知るよしもなかったですね。それが2月に突然経営危機となり、『倒産するかもしれない』『累積で(赤字が)3億以上ある』と。
私の息子がジャパネットで社長になって4年目になるんですが、長くスポンサーをやってきていることもあり、彼が『何とかしたい』と、相談をしにきました、それで立ち上がりました。私自身は会社を辞めていたということもあり、4月25日に私が社長をお引き受けしました。
スピードある判断をすることがすごく大事ですから、株主のみなさんにもご協力いただき、100%の株式取得を目指しました。お金に関しては、親会社のジャパネットホールディングスに投資をしてもらいましたが、それに報いることが、社長としての役割を果たすということだと理解しています」
――長崎は、Jリーグ入りしてからこれまで5年間、高木琢也監督がチームを指揮してきました。長崎というチームは高木監督の存在なくして語れないと思います。髙田社長の中で今回の決断をするにあたって、高木監督の存在はどうお考えになりましたか?
「社長就任以前にも高木監督と話すことはありました。人間的に大好きですから、サッカーのことを話すよりも、人生のことを語っていましたね。ですから、高木監督のV・ファーレン長崎への思いや情熱はよく理解できていました。さらに、長崎の夢を潰しちゃいけない。県民のみなさんや子供たち、携わるすべての人の夢も潰しちゃいけないと思いました。ですから、引き受けるにあたっては監督の存在も非常に重要な要素のひとつでした」
――「長崎の夢を潰しちゃいけない」と言われましたが、県民全体の夢としてやっていこうというものだから、赤字があろうとも、自分ができることをやろうということだったんでしょうか?
「私はジャパネットでも100年企業ということを理念として掲げていました。30年頑張っても、31年目でダメになれば、その夢は潰(つい)えてしまうし、社会貢献もできないと考えています。ですから、いかに企業を継続することに意義があるかということを経営者として発言してきました。V・ファーレン長崎も、今まで頑張ってきたのに潰えてしまったら、何で今までつらい思いをしてきたのだろうと考えたのです。
プロスポーツチームは、どの地方にでも存在するものではないですし、存在すること自体がすごく価値があることです。特に子供たちがスポーツを見たら、たとえ今の生活の中で何か問題があっても、気持ちを切り替えていけるパワーになる。スポーツの果たす役割はすごく大きい。子供たちの気持ちを人間らしくさせ、その中で競争、葛藤、喜怒哀楽をスポーツを通して体験できるのは、崇高なことだと思います」
――企業人として考えている理念と合致したということですね。
「そうですね。しかし、一般的な反応としては、『サッカーを知らないのに大丈夫ですか』と何十回も言われましたし、今でもときどき言われます。でも、『大丈夫です』としか言えないですよね。
サッカー、ビジネス、政治、医療と、どの世界でも、目指すものは一緒です。人が楽しく一生を過ごすために、さまざまな仕事に対して頑張っているのではないでしょうか。私はモノを30年以上、通信販売で売ってきましたけれど、モノの先にある幸せ、モノの価値を語る側の人間でした。お客さんがそのモノを手にされたとき、どんな幸せが訪れるかを想像して話してきました。
それがサッカーなのか、野球なのか、ビジネスなのかというだけで、目指すものは一緒じゃないでしょうか。どんな世界でも最終的には、楽しく一生を過ごすことに行きつくと思います。そう考えれば、サッカーもやれるという思いはありました」
(つづく)